2 サインボール

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2 サインボール

 タイガース三軍でひたすら体を作って三年。育成期限で最後の支配下切符をつかみ、四年目から二軍の試合でもそこそこ投げるようになった。それでもプロ崖っぷちには変わりない。  織原は一年目に当然のように十五勝を挙げ、新人賞を獲った。二年目も三年目も他球団が期待したスランプはなく十勝以上を記録。しかもタイガースにめっぽう強く「大阪の裏切り者」と虎党の反感を買っていた。  四年目の秋、ジャイアンツが早々に優勝を決めタイガースが来季の準備に忙しい最終戦の甲子園。僕が初めて一軍に呼ばれた。球場で肩慣らしをしていたら、織原が高校時代と変わらない笑顔で近づいてきた。 「きょうは河瀬が投げるのか?」 「どうかな。二軍で調子よかったから監督が展開次第で見たいっていうおまけの昇格さ」 「それでもすごい進歩だ。来年は同じマウンドで投げ合えるな」  うんざりする。今年は沢村賞も確実視される球界一の剛腕投手と、二軍でも対左打者ワンポイント専門の僕を一緒にされたくない。 「それより写真週刊誌、大丈夫か? 美人アナと深夜ポルシェデートってシーズン中に脇が甘過ぎる。恵ちゃんが泣くぞ」 「ああ……まあ、責任はとる。心配するな。そうだ、会ったら河瀬に渡そうと思っていたんだ」  織原が出したのは日付入りのサインボールだ。 「プロ初勝利の記念球。お前がいたから俺はここまで来れた」  そんなわけない。織原は中学から一人でもすごかったし、プロ入り後は何一つ助けていない。僕は織原のお陰で指名されたけど。
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