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4 離れる世界
引退後の僕にはプロアマどちらからも声はかからなかった。やはり成績が地味過ぎた。記事と裏腹に一年もすると僕の名前でタイガース元投手と気づく人は、ほとんどいなくなった。
そこで少年野球チームを作り、選手の募集を始めた。しかし野球激戦地の大阪では元プロ選手の肩書だけで子どもは集まらない。恵ちゃんが作った小学生募集のチラシを、町内会の掲示板に貼って歩く。試合ができる九人が集まるまで三年、練習試合はひたすら連敗街道だ。
織原はというと、四十代半ばでジャイアンツ監督に登りつめていた。
「結局、織原は僕よりずっと前を走ってるじゃないか」
安心しろ、織原。人生でこの差は、もう埋まらない。
それでも子どもたちを集めて野球を教えるのは、楽しかった。だけどモラトリアムの時間は、あっけなく終わる。
ある日、恵ちゃんから寂しい通帳を見せられた。
「ごめん、もう限界。子ども三人も、これから教育費がかかるの。悪いけど野球コーチ以外の仕事も探して。私もパートでもっと働くから」
契約金が雀の涙の育成出身。たいした年棒でもないのに後輩におごる時間だけは長かったプロ生活が、裏目に出た。
あわてて職安通いを始めたが、高卒で野球以外の技術がない僕に家族五人を支えられる収入の仕事はなかった。
背に腹は代えられない。数か月悩んだ末、僕は織原に電話した。
「ああ、河瀬か。久しぶりだな、元気か」
不振のジャイアンツを五年で常勝軍団に育てた織原は、次は日本代表監督の噂もあった。声を聞くだけで、僕の夢を易々とクリアする男への嫉妬で胸が破れそうになったが、今は耐えるしかない。
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