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5 最後のキャッチボール
また月日が流れた。体調不良で代表監督を休養中の織原が、末期の肺がんらしいと旧知の記者から聞いた。
「よく来てくれた、河瀬」
病院に見舞いに行くと、ベッドの織原は爽やかな笑顔を見せた。この笑顔に針のような痛みを感じるのは、今も変わらない。
「きょうは体調がいい。高校以来のキャッチボールをしないか」
立った織原の体は変わらず大きかったが筋肉がすっかり落ちて、かかしのように細くなっていた。
中庭で古いボールを渡され、織原の胸に投げる。現役時代のグラブで受けた織原が、パジャマのままふりかぶってボールを投げ返す。
山なりのボールは三メートルで地面に落ち、僕の前に力なく転がった。
「ふう、疲れた。野球は楽しいな。病室に戻ろう」
かつての剛腕投手は、見る影もなかった。
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