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7:養父母、来襲
とんとん拍子に決まった結婚だが、式は挙げなかった。
ラクナスもルビアンも、親族に見捨てられた身の上だ──ルビアンの場合、養父母との間に血縁関係すらなかった。
またお互い、社交界での友人もほぼ皆無だ。
いくら貴族と言えども、参列者が皆無であれば、式を執り行う意味もないというもの。
しかし使用人たちの提案もあり、揃いの指輪だけは作った。
しとしとと、初秋の雨が続く今朝も、朝食を終えたルビアンは左薬指の指輪を眺め、嬉しそうに口元を緩めていた。
ここまで喜んでもらえるなら、作った甲斐もあるというものだ。
アンリルに人間界の常識を叩き込みながら、ラクナスは密かな満足感を覚える。
「なんだよ、にやにやして。気味わりーな……いてっ」
茶々を入れるアンリルの頭頂部を、指示棒で一つ打った。
なお、人間に擬態中の彼は角を消していた。悪魔が無断で人間界をうろついていると分かれば、極刑が待っているためだ。
男どもの小競り合いが聞こえたのか、窓際のベンチに座っていたルビアンがこちらを見る。
「勉強、進んでますか?」
「それなりには、と言ったところか」
「そうですか。良かったです」
意外にも、アンリルは物覚えが良かった。いや、魔界軍でそれ相応の地位にいたのだ。優秀なはずである。
ただ、口調が市井のドラ息子と大差ないだけで。
なお、アンリルは不貞腐れた態度を取り続けているも、ルビアンが以前、
「真面目に勉強しない子には、殺処分が待ってますよ」
そう言いながら、片手でリンゴを易々と潰したのが、功を奏しているらしい。愚痴を言う割に勤勉だった。
この様子ならば、従僕として働いてもらう日も、そう遠くはなさそうだ。
「これで口調がまともなら、私も一安心なんだが」
一番の懸念事項と共にため息が、つい口から転げ出る。軽やかな足取りでこちらへ歩み寄ったルビアンも、訳知り顔で何度も頷いた。
「あー、分かります。不良少年みたいですもんね、この子」
「誰が少年だ。オレら悪魔はな、おめーらよりずっと年上なんだよ」
ふん、と鼻を鳴らす姿は、本当に不良少年そのものだ。
頬杖をつき、ラクナスは再度ため息。
「それは寿命の話だろう。精神年齢は、私よりずっと幼いじゃないか」
「そうですよね。ラクナス様は、ちょっと老成し過ぎてるかもですけど」
「何故そうなる」
ルビアンの指摘に、少し傷ついた。老け顔の自覚はあるが、内面も老けているなんて。
心はシワシワなのか、と胸に手を当て懊悩していると、ためらいがちなノックの音がした。
どうぞ、と短く告げると、顔を見せたのはシロマであった。
なんとも落ち着かない表情を浮かべている。
「どうした、ばあや?」
「坊ちゃん、それが……」
二人の使用人は昔からの癖で、ラクナスが結婚した今も、彼を「坊ちゃん」と呼んでいた。ラクナス自身もそれに慣れているので、好きにさせていた。
もじもじとエプロンを掴んだ彼女は、視線をさ迷わせながら言葉を続ける。
「その、ルビアン様のご両親と仰る方がお見え、なのですが……」
「クレムリン夫妻か?」
「はい、そのように名乗られていらっしゃいました」
バルージャとシロマは、ルビアンが屋敷へやって来た経緯を知っている。
彼女を見捨てた養父母が急に顔を出せば、困惑して当然だろう。いや、内心は憤りも感じているに違いない。
とはいえ、追い返すのも世間体が憚られる。
ちろり、とルビアンを伺えば、彼女もラクナスを見つめていた。長いまつ毛が縁取る深紅の瞳に、図らずもどきり、と胸が高鳴る。
「とりあえず、会ってみましょうか」
「そうだな」
内心の動揺を押し殺して彼女へ頷き返し、シロマへ再度視線を向ける。
「ばあや。お二人を、応接間にお通ししてくれ」
「はい、かしこまりました。お紅茶はどうされます? お相手にぶちまけやすいよう、ぬるめになさいますか?」
「落ち着くんだ、ばあや。そこまで手荒な手段は取らないから」
やはり内心、業腹だったらしい。
ラクナスはつい、苦笑いで家政婦を宥めた。
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