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【心友】
僕には、情趣を解する友がいた。彼とは、高校の時に出会ったが、クラスも違えば、部活も違った。だが、どういうわけか、1番と言っていいほど仲良くなっていた。共に詩を始めとした文章を書き合い、読み合った。
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ある時、共に仙台へ行った。日本三景の一つで有名な松島を拝むためだった。しかし、その日はあいにくの曇り空で、本当に感動するほど綺麗!とは言い難かった。僕たちはせっかくなので遊覧船に乗ることにした。そして波に揺られて松島を眺めていると、ある句を思い出した。
松島や
ああ松島や
松島や
これは、松尾芭蕉が詠んだ句だと思っていたがスマホで調べてみると、田原坊という、芭蕉の弟子が詠んだものだという。
これは初耳だと思い、彼に共有した。すると、へぇ、とだけ言って黙ってしまった。そんなそっけない返事が返ってくるとは思っていなかったので少し寂しさを感じた。のも束の間、「それならさ、」と彼は続けた。
松島や
ああ松島や
松島や
次は是非とも
晴れた日に来む
これはどう?」
あの沈黙はこれを考えていたのか。少しの安堵とともに、僕は心の中でその短歌を繰り返す。
なるほど。僕は感心する以外に方法がなかった。
元の五七五だと、「ああ」は松島を見て発した感嘆の声だと解釈できるが、彼の七七がついたことで、「ああ」は曇り空で少し残念だったという落胆のため息に様変わりした。
感心したが、ただ黙ったのでは風情を楽しむ友として味気ない。僕は駄作ではあったが、とりあえず返した。
「評価をつけるなら松竹梅の松だな。」
「「松島だけに!」」
彼と僕の声が重なった。
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しかし、そんな彼とも高校卒業と同時に離れることとなった。彼は関西、僕は関東に。そして、一年が過ぎた。
プルルル。プルルル。プルルル。
そしてある夏の夜、突然電話がかかってきた。
「もしもし、元気?」
彼からだった。
「ああ、元気だけど、どうした?」
「富士山登らね?笑」
僕は驚いたが、実はちょうどその頃、山に興味が出ていた。
「あり。」
「おっ、まじ?」
「うん笑」
と、トントン拍子で富士登山が決まった。
「てか、富士山って普通に死ぬんじゃない?」
「まあ、全然ありえるけど、『不死山』ていうぐらいだし大丈夫でしょ。」
彼はかぐや姫の伝承を持ち出してきた。
「なるほどね。まあ、死んだら骨は樹海に投げ入れといて笑」
僕は冗談交じりに言った。
「ボーンって投げとくわ笑」
おっと、彼はまだ衰えていないようだ。
「コツコツと頑張って一緒に登る予定の友に向かって酷いな笑」
もちろん僕も負ける気はない。
「ちょっと露骨かな笑」
「お前のセンスに骨抜きにされたわ笑」
「・・・」
今回は僕の勝ちのようだ。
最後にトドメを刺してやろう。
「いや、まあでもこれだけ俺たち距離的に離れてるのに電話くれたの本当に嬉しいわ。ありがとうな。じゃあ、ここで一首。
これほどに
伸びたとしても
切れぬのか
嬉しい誤差
君との絆」
完全に死体殴りに他ならなかった。
と、思っていた。
「いやぁ、ホントうまいなぁ。じゃあ俺もちょっとお返ししようかな笑
これからも
よろしく友よ
不死の山
その名に負けぬ
不死の友情」
「・・・」
彼は死んだふりをしていたようだ。僕の完敗だった。
「はぁ。流石にうますぎ笑」
「やったね笑」
「今回は僕の”完敗”だわ。」
わざと僕はこの部分を強調した。彼へのサインだった。そして続ける。
「でも、富士山から無事に戻ったら、一緒に」
「「乾杯しよう!」」
僕と彼の声は、夏の夜に響いた。
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