春の渡翼

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 緑まばらな野に着くと、羊たちは散り散りになって草を()みはじめた。  これでもう、羊番はしばらくすることがない。離れすぎた羊を群れに連れ戻すことくらいだろう。 「よいしょ」  アリィは手ごろな石に腰かけて水筒を傾け、飴の包みを広げている。同じように水筒を取り出そうとしたガジの耳に、ふと小さな音が届いた。  ……リィ……ン。 「ん?」  騒がしく響く羊鈴(カトゥル)の音とは違う。まるで、雨上がりにきらりと光る水滴のような、透き通った鈴の音色だった。  ガジは耳を澄ませる。  リィン、ともう一度、たしかに聴こえた。  少し先に、大人の背丈も隠せるほどの大岩が見える。近づいたガジが岩の向こうにくるりと回りこむと、そこにいたものを見てと息を止めた。  春の空を溶かした瞳がガジを見上げていた。  地面に座りこんでいたのは空色の衣を身につけた、細身な体つきの子どもだった。ガジと同じくらいの年の、たぶん少年だろう。  肩辺りで揃えられた細い髪は朝日を薄めたような眩しい色をしていて、肌は搾りたての山牛(ディー)の乳のように白い。その瞳も、髪や肌の色も、ガジの知るどんな人たちとも異なる色だった。  何よりガジの目を引いたのは、少年の背中にある隠しきれないほどに大きな白い翼だ。  渡翼(わたり)の日、白い翼で空を()くのは──。 「天の、民……?」
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