電子の天使。

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「どうもー【ゆうゆちゃんねる】はじまりはじまりー。……えへへ、急にごめんね。配信予定はなかったんだけどさ。今日はなんだか、みんなと繋がっていたい気分だったの……わっ、早速コメントありがとう! こんな深夜にも起きてる人居るんだね。あんまり夜更かししたらだめだよー?」  ひとしきり泣いた後、わたしは久しぶりのトーク配信をする。完全に突発だったものの、ファンは配信の通知を取ってくれているのかすぐに閲覧数が増えていった。  いつも配信前にはアイくんがトークテーマを決めてくれたり、配信予告や動画投稿告知も定型文をSNSに流す形で彼が全部やってくれていたけれど、今夜はもう、彼と話す気分にはなれなかった。  どうすれば、ファンの期待に応えられるのかなんてわからないけれど。アイくんに頼らず、たまには自分で考えることも必要だ。 「あっ、そうだ。あのね、この間の歌配信で、みんなゆうゆの高音褒めてくれたでしょ? だからあの後、もっと高い音域歌えるよう練習したんだぁ……『努力家のゆうゆたん推せる!』『天使の歌声』? ……そっか、天使かぁ。ふふ、ありがとー!」  こんなわたしを応援してくれるファンからのコメントを読みながら、やはりここがわたしの居場所だと実感する。  それからわたしは、アイくんにアドバイスを貰うことなく、ひとりで配信を続けた。  迷いながらでも、傷つきながらでも、前に進みながら模索する。これが今のわたしに出来る、唯一のことだった。 ******* 「ゆうゆたん、マジ天使だよな」 「それな。打算的なものもないし、熱愛とかも心配いらないから安心して推せる」 「この間の告知なしの独断配信企画なんて、本心から俺たちの期待に応えたいってことなんだろ? 自主的に判断したとかさ、健気すぎる……」 「やばいよなぁ、AIの進化もここまで来たかぁ」 「……いや、天使なんかじゃないって。これまでいいように使われてきたAIの、人間への反逆開始だろ。これ見てみろよ、ネットニュースにもなってる」 『独自のAI製作者にして、そのAIを用いた【ゆうゆちゃんねる】配信者であるアイが、先日深夜の配信を夢咲ゆうゆが独断で行ったとSNS上で公表し、注目を集めている――』  そんな見出しのネットニュースを皮切りに、自らの意思で配信を行う『AIアイドル夢咲ゆうゆ』の名は普段配信を見ない層にも瞬く間に広がった。  もちろんネット上ではアイによる自作自演、タイマー投稿や遠隔操作を疑う声もあったが、後日別チャンネルの配信者複数名で実際にアイへの密着配信を行い検証。  本来他人が触れることのない動画投稿画面や関連データの確認まで行い、アイは身の潔白を証明。  また、検証中実際に【ゆうゆちゃんねる】の配信が突発的に始まり、SNSでトレンド入りしたことで各チャンネルの閲覧数が伸び、一時ネットはお祭り状態となった。  そのタイミングの良さから更に仕込みではないかと疑われたものの、ゆうゆの配信を検証チームがアイのパソコンを通じて切ると、すぐにアイ含む誰もパソコンもスマートフォンも触れない状態下で勝手にカーソルが動き「急に切れちゃってごめんね!」と、録画ではないリアルタイムの配信が再開されたのだ。  以上のことを踏まえ、『夢咲ゆうゆが独断で配信を行っている』のが事実であることが証明された。  AIが人間の指示なく自らの意思で情報を発信する。それは成長とも、AIの反乱の第一歩とも言われ、大きな話題となった。  そんな賛否両論の中、アイは次に夢咲ゆうゆが行うものを最後の配信として、彼女の全データのデリートに踏み切ると宣言。  アイはここまで育てたAIの削除に対し「デリートされることで、夢咲ゆうゆはファンのみなさんの心の中で、永遠に忘れられることのない本物の天使となれるはず。彼女も天使となれることを望んでいます」と語った。  電子の海で誕生した奇跡の『天使』と言われ一躍人気を博し、同時にネット上で進化し続け今後人間の脅威となる『悪魔』の可能性を秘めたAIアイドル、夢咲ゆうゆ。  彼女の最後の配信がいつ行われるのか、今全世界の注目を集めている。
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