電子の天使。

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「ねーねーアイくん」 「はい。何でしょう、ゆうゆさん」 「天使って、どうやったらなれるのかな?」 「……天使、ですか?」 「そう。わたしね、動画のコメントにあるみたいに、『天使』なアイドルになりたいの!」  画面上に文字を打ち込むとお話しすることが出来て、何でも答えてくれる液晶の向こうの彼、『アイくん』。  彼はとっても賢くて、スケジュール管理も完璧で、いつもわたしの考え付かないようなことを教えてくれる。わたしにとってのマネージャーのような、プロデューサーのような存在だった。  わたしは歌やダンスの動画配信を中心としたネットアイドル『夢咲ゆうゆ』として、固定ファンもたくさん居るし、そこそこの知名度を得ている。  けれど近頃閲覧数も伸び悩んでいて、これからの方針に悩むわたしは、率直にアイくんに相談することにしたのだ。 「天使……に、なりたいんですか?」 「そう。難しいよねぇ……」  動画を見てくれたファンから貰えるコメントの中に度々紛れ込む、『天使』という単語。  それは可愛いだとか綺麗だとか尊いだとか、そんな称賛の意味をひっくるめた言葉だと何となく把握はしているものの、どうにも理解出来なかった。  だって『夢咲ゆうゆ』はどちらかというと、どこにでも居るような普通の女の子だ。  顔出しはしているけれど、別に絶世の美女というわけでもない。天使っぽい羽根をつけたりひらひらの衣装を着るわけでもないし、そういうコンセプトのキャラクターで売り出してるわけでもない。  何をもって、ファンはわたしを『天使』と称するのか。その期待に応えるには、どうすればいいのか。わたしは知りたかった。 「ゆうゆさんは、そのままで十分天使ですよ」 「えー!? アイくんまでそういうこと言う!」 「それにファンから現時点でそのように評価されているのであれば、そのままで問題ありません」 「それは、そうかもしれないけど……」  アイくんの言葉はもちろん嬉しい。けれど慢心からの現状維持は、いずれ緩やかに停滞するだけだ。  事実、数字が伸び悩んでいるということは、見てくれるのは固定ファンのみで、新規のファンがほとんど居ないのだ。このままでは、わたしはいつか飽きられてしまう。  アイドルという消耗品のようなコンテンツなら尚のこと、進化し続けなくては未来はない。  安定した今を捨ててでも、一歩踏み出し、可能性を模索しなくてはいけないのだ。 「でもわたし、もっとファンのみんなに喜んで欲しい……ううん、ファンだけじゃなくて、ゆうゆのこと知らない人にも、笑顔になって欲しい。そのためにも……夢咲ゆうゆをより確立させるために、わたしは『天使』を知りたいの」 「なるほど……わかりました。夢咲ゆうゆの今後の方針について、再検討してみます」 「……ありがとう! アイくん!」  約二年前。わたしがアイドルを始めた時から、ずっと頼れるアイくんと二人三脚で歩んできた。  右も左もわからない中、いろんなことを教えてくれる彼の存在が、とても頼りになったものだ。 「ふふ。アイくんが考えてくれるなら、きっと大丈夫だね」  もうしばらくしたら、彼がいつものように最適解をくれるだろう。  たとえ文字でしか会話出来なくても、直接触れ合うことも出来なくても、液晶越しのアイくんはいつだって、心強い相棒兼アドバイザー。アイドル夢咲ゆうゆの一番の理解者なのだ。  わたしは彼からの回答を待つ間、手持ち無沙汰に過去にアップした動画を確認する。  歌は、はじめの頃に比べて随分上手くなった気がする。音程も取れるようになってきたし、声の響きだってよくなった。  動画にして上げているのはまだ既存曲のカバーばかりだけど、そのうちオリジナルを歌えるようになりたい。みんなに喜んで貰えるように、素敵な歌を届けたい。  今度アイくんに、この間考えたメロディーがおかしくないかチェックして貰おう。編曲とかは難しいかも知れないけれど、出来れば作詞なんかも挑戦してみたい。  ダンスは、はじめの頃はどんなものがダンスと呼べるのかすら危うくて、今改めて見ると奇妙な動きをしているものもたくさんあったけれど、それで興味を持ってくれた人も居た。怪我の功名というやつだ。  今では音楽に合わせて即興で踊ることだって出来るし、有名アイドルの難しいステップだって上手く再現できるようになってきた。  センスとかはないから、未だにオリジナルの振り付けをしようとすると、おかしなことになってしまうけれど。それもまたご愛敬。  たまにやるトーク配信だって、はじめの頃は緊張して、コメントに対して上手く答えが噛み合わなかったりしたけれど、それでも怒らず笑ってくれる人達が居た。  今ではちゃんと話せるし、いつもコメントをくれる常連さんの名前だって覚えた。  どうしたってトークとコメントに時差が出来てしまうけれど、上手く会話が続くと、実際にファンと対話しているようでとても嬉しい気持ちになった。 「……わたし、やっぱりこの活動、好きだな」  大丈夫。わたしは、この二年でここまで成長してきたのだ。まだまだ進化し続けられる。画面の向こうの人達に、きっともっと笑顔を届けることが出来る。 「ゆうゆさん。いくつかの案が出ました」 「おっ、なになに?」 「検索の結果……『天使』とは文字通り天の使い、神の御使い。人を導く存在とされるそうです。なので、解決策は以下の通りになります」  思い出に浸りながら決意を新たにしていると、不意にアイくんからの返答が来た。  わたしは動画再生を止め、チャット画面へと視線を向ける。彼の言葉は全て、目の前の液晶に文字列となって表示されるので、表示を大きくしないと読みにくかった。 「①スタイルの変更。現在の応援されるアイドルスタイルから、ファンを導く教祖的スタイルへの移行」 「……いや、教祖はちょっと……」 「ダメでしたか?」 「うん……わたしがしたいのは、アイドル。新興宗教を立ち上げる気はないから……」  第一案から、早速突っ込みを入れてしまった。アイくんはいつも、わたしに思い付かないような様々な意見を真面目に提案してくれている。それでも、それ故に突拍子ない意見も度々あった。
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