その刹那的な出逢いは久遠の繋がりとなるか

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 香月刹那(かげつ せつな)はSubである。それもとびきりに欲求が強いタイプで、定期的にDomとプレイをしないと私生活にまで影響が出てしまう。  そのため、そういう者のための支援として作られたマッチングアプリに登録し、Subを自覚してからずっと、プレイだけの関係を数えきれない程の相手と築いてきた。  恋をしたことがないどころか、好きなタイプすらわからない香月は、いつも「近場のDomなら誰でもいい」と思って会っていた。だから件のマッチングアプリで声をかけてきた相手のアイコンをろくに見ず、Domであることと、同じ東京に住んでいることだけを確認し、二つ返事で了承した。  そう、なにも見ずに了承のだ。  「な……なんで……」  待ち合わせたホテルの部屋に先に到着していた香月は、部屋のドアを開けた瞬間、呼び鈴を鳴らしただろうその男を見て固まった。男は香月のよく知る人物だったからである。  彼は一条久遠(いちじょう くおん)。香月と同じ会社の役員である。一条は30代で役員になった超エリートで、しかし己の権力や地位をひけらかさない、一般社員からも評判の人物だ。  先程まで社内サークルで顔を合わせていた男の登場に固まった香月に苦笑しながら、一条は部屋へと足を踏み入れた。  「やっぱり、アイコンとか何も見てなかったんですね」  「Domなら誰でもよかったんで……。それを言うなら一条さんもじゃないんですか」  「俺は……香月さんだとわかってて声かけましたよ」  「はい?」  香月は耳を疑った。だってそうだろう、は後腐れのない見知らぬ相手の方が互いに都合がいいものだ。わざわざ身近な人物に声をかけるメリットはない。朗らかに笑いながらジャケットを脱ぐ一条に、香月は正気を疑う目を向ける。  「香月さんのこと、前からイイなって思ってて。でも身近なDomは避けてるみたいだったし、それどころか目も合わせてくれないし。どうしようかと思ってたら斎藤さんが君が使ってるっていうアプリを教えてくれまして」  「あのクソ……」  俺を売りやがったな、と同期の斎藤を恨むものの。香月は、楽しそうに笑いながらネクタイを解く一条から目が離せなかった。  一条が今まで真面目に上まで締めていたシャツのボタンやネクタイは、彼の色気を閉じ込めるために必要だったのだと、香月はそう思うほどの色気に息を呑んだ。それと同時にからSubへとスイッチが切り替わる感覚がした。  香月のスイッチが入った途端、空気が変わった。部屋中にぶわりと色香が広がる。頑なに拒まれることも覚悟していたがその可能性はなさそうだと、一条は目を細める。  はだけたシャツの胸元から喉、そして目へと移動する香月の熱っぽい視線に、一条は優しい笑みを返して彼の頬を撫でる。  途端、香月の脚の力が抜けて床に膝をつく。Kneel(おすわり)のコマンドを使わずして膝をついた香月に目を丸くしたが、驚いたのは一条だけではなかった。香月本人もまた、己の体の反応に驚き目を見開いたまま一条を見上げる。  「ははっ!……頬を撫でられただけでおすわりしたくなっちゃったんですか?……可愛いね」  熱の篭った目で見上げてくる想い人。そう、想い人だ。香月は一条の言葉をただのとして受け取ったようだったが、実際は一条にとって香月刹那はである。そんな相手が次の命令(コマンド)への期待を滲ませて見上げてくるのだ。昂らないわけがなかった。  堪らず込み上げた笑い声は喜色満面。普通、Kneelのコマンドを受けて初めて跪く。時折積極的なSubで自ら跪く者もいるが、彼がそういうタイプではないと一条は知っている。  なのに香月は頬を撫でただけでコマンドを受けたような反応をし、さらに先程の驚きからしてそれは初めてのことのようで。そんなのはまるでではないか。  DomとSubの運命の相手、というのは何もロマンチックなだけの話ではない。互いに通常よりも本能が強くなり、異常なまでに相性がイイ相手、というだけだ。だから厳密にはこの世に1人だけという制約はない。が、しかし、それが想い人である確率は如何ほどだろうか。一条はニンマリと口元に弧を描いた。  「Stand up, Strip(立って脱ぎなさい)」  一条がコマンドを口にした瞬間、香月は全身をビリビリと快楽が駆け抜けるのを感じた。ゆっくりと、一条を誘うように、コマンドに蕩ける己を見せつけるように、香月は服を脱いでいく。その様子を眺める一条は情欲を孕んだ目を細め、熱い吐息を吐いた。  「Kiss(口づけて)」  本能に呑まれる香月の乞い願うような瞳が一条の瞳を射抜く。ゴクリと喉を鳴らしたのはどちらだったろうか。珈琲にミルクが融け込むように、ふたりの影が重なっていく。
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