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第8話
当たり障りのないように、考えて答えているように思える。
「どうしてボクとは行かないの? ……それって、あの村の人たちの態度のせい?」
「────」
「イオに気づいてから周りが険悪な雰囲気になった。それで……思い出したんだ。小さい頃一緒に行って、ボクが泣いたこと。──どうして、村の人たちは、イオをあんな眼で見るの?」
これ以上口を開けば、聞きたくないことまで全部聞いてしまいそうな気がする。そう思いながらも言葉が止まらない。
違う。
聞きたくない言葉じゃなくて、望む答えを聞きたい為に。
でも、この問いの一番最後にもし……。
「──さあ……何故だろうな。昔からそうだった。俺が、何処かもわからないところから流れ着いた余所者だからか。伝説を信じずにあの“悪魔の谷”に平気で入って、猟をするからだろうか」
イオは寂しそうに笑って見せた。
余所者だとか、そんなことは初めて聞いた。
やめればいいのに。もうここで。
「じゃあ、ボクも余所者だよね?」
「…………」
「だって、イオの子どもだもんね。父さんが余所者なら、ボクも余所者だよね?──そうだよねっ!!」
小さな子どものように駄々を捏ねる。
その空色の瞳は目一杯見開かれて、泣きたいのを必死で我慢しているようだ。
「お前の母親は、この村の人間だ」
トールが何を聞きたいのか察しているが、敢えて逸らかす。
そんなことを聞きたいんじゃない。
イオの答えに更に気持ちが昂る。
「違うよねっ?! フィンの言ってたことなんて、ボクは信じないっ。──イオが本当はボクの父さんじゃないなんて、そんなの、信じないっ!!」
とうとう自ら口にしてしまう。
耐えきれず、ぼろっと大粒の涙が零れて落ちた。
父さんは父さんだ──そんな意識も今までなかった。それが当たり前だから。でも、その当たり前が根底から崩れたとしたら。
ボクはいつかイオを失ってしまうかも知れない。
そんな考えがトールを支配する。
一度堰を切った涙は留まることを知らない。彼の想いとともに溢れでる。そして、その涙はイオの心も濡らす。
泣きじゃくる少年の背中にそっと両腕を回し、イオは無言で彼を抱き締める。
優しく温かな抱擁だった。
「莫迦だなぁ……当たり前じゃないか。俺はお前の父親だよ」
優しい声が耳許を掠める。
ああ……聞きたかった言葉だ……。
でも……。
「俺のこと……信じられるか?」
「……うん」
「そうか」
イオは背に回した手を解いた。少し屈んで、トールと眼を合わせる。
「トール……俺を信じろ」
言葉が出ない。変わりにこくんと頷く。
イオの手がそっと頬を撫で、片目しか開かない怖いくらいに綺麗な顔が近づいてくる。
未だ流れ落ちる涙をその唇が吸い、舌先でぺろりと舐める。
それが幼い時からの涙を止める魔法。
でも今はそれも効かない。
この男……真実は、父さんじゃないのかも知れない……。
父親の言葉に反して、何故だかトールはそう思った。
でも、いいよ。それでも一緒にいられるなら。
信じるよ。イオ……。
頬に温かな舌の感触を感じながら、心のなかで何度もそう繰り返した。
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