優しい観客と万雷の残響音

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「私がみんなに伝えたいのは、こころと言葉、これに絞っていこうと思う。  今も、これから先も、胸に留めておいてほしい。  三年間の思い出話より大切なこと。これを伝えるために、私は今日ここにおる」 麻美先輩は深く息を吸い、朗読するような音程で話を続けた。 「私の父は、料亭をやっとった。結構儲けてて、まあまあエエ暮らしをしとった」 初めて聞く先輩の過去バナ。 授業なんかより遥かに真剣に全員が聞く。 「オトンは、子供たちが交通事故に遭わないように色々努力しとった。  子供から未来を奪うこと。親が悲しむこと。そこに笑いはない。悲しいだけや。悲しみは連鎖する。不安や不幸は、やがて恐怖になる。だから一人でもそういう人が減るように、子供の事故の目撃情報に五万円を出すって決めて、そういう情報を集めてた。  オトンは常々言うとった。  子供が事故に遭って悲しまない親はいない。犯人検挙の助けになれば金なんて関係ない。  こころは形がないものやから、絶対に壊したらアカン。形がないから、直しようがない。  そして言葉も形がない。形がないからあったかく伝えなアカン。  形がないものほど大事にせなアカンのや。  形があるものは金を出せば買える。けど形がないものは欲しい状態で買えん。何故か言うと、それは『思い』っちゅう形のないモンによって作られてるからや。  思いには裏腹なときもある。けど心の奥や言葉の奥には必ず本音が隠れとる。  だから誠意が大事で、それを見せなアカンのや。  人のアンテナは、隠しても本音を受信する。誠意は下手に隠すより、全力で見せた方がお互いにとって気持ちええ、ってな」 そう言って麻美先輩は悲しそうに笑った。 勘のいい人なら気づくことを言おうとしている。 「目撃情報に五万円。それでオトンは人の欲を()うてしもた。偽の情報や、酷い奴はわざと我が子を怪我させて、数年でオトンは食い潰された。それでも、お金がなくなる最後まで人を信じた。結局料亭も人手に渡り、ツテを頼って引っ越しを重ねた。  私も未熟者やから怒ったよ。  それにオトンはこういう返事をした」 自殺しなかったのか、良かった⋯と安堵する生徒たち。 先生たちも痛ましいものを見つめるようにしている。 麻美先輩は気丈に声を強めて続けた。
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