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第一章 高橋 千里
第一章 高橋 千里
インターホン越しでも、すぐに分かったわ。
20年ぶり。
緋咲 湊。
私の初恋の人。
出会い? ちょっと長くなるけどいいかしら?
私が通ってた中学は、一学年10クラスもあるマンモス校だったのね。
3年生になって一番最初の全校朝礼だったわ。校長先生の長い話を欠伸をしながら、何とか乗り切って。
朝礼が終わると、学年順にグランドから教室に戻るんだけど、その時、吹奏楽部の演奏に合わせて行進するの。今の時代では考えられない? そう、軍隊みたいよね。
その日も、早く演奏が始まらないかなって、ちょっとイライラしながら朝礼台の方を何となく眺めてた。
そしたら、一人の長身の男の子が、指揮棒を持って朝礼台に上がったの。そう、それが緋咲君。
緋咲君、朝礼台に立つと、整列している全校生徒をぐるっと見渡した後で、校庭脇に集まってる吹奏楽部の方に向けてね、こんな風に、スッと指揮棒を構えて。
その時、気のせいかもしれないけど、校庭に流れてたダルーい空気が、ぴんっと音を立てて張り詰めた気がしたわ。
もう、さっきまでの眠気はどこへやら。
私が、緋咲君に恋をした瞬間だった。
私、女バスのキャプテンだったのね。自分で言うのも何だけど、けっこうモテて。
実際、同学年男子の「好きな女子ランキング」で、堂々の1位だなんていう話も耳にしてたし、告られたことだって、何度もあった。
でも、たぶんその年頃の女子って、皆同じだと思うんだけど、同学年の男子なんて子供っぽいって思ってて。
もちろん、付き合う子達もいたけど、何て言うか、半分遊び? 「恋人ごっこ」って感じで見てたかな。
でも彼は違った。
纏ってる空気が、いつも張り詰めてて、薄いガラスケースの中にいるって感じ。分かるかな? 正直、周りからは、ちょっと浮いてたかも。
でも私は、あの朝礼以降、もう緋咲君が気になって、気になって。クラスが違ったから、休み時間とか、わざと彼のクラスの前を行ったり来たりして。そう、私の存在をアピールしようと必死だったの。
さっき話した通り、私モテたから、彼の視界にちょくちょく入ってれば、勝手に向こうが好きになってくれるんじゃないかって思ってたのよね。笑っちゃうでしょ?
でも、休み時間の彼は、いつだって一人で本読んでるか、楽譜?見てるかで、廊下の方なんて見やしない。
あー、これはダメだなって。それで、吹奏楽部の友達に頼んで、部活を覗かせてもらったの。
他の子達は、パート練習って言うの? それぞれの楽器ごとに集まって練習してるんだけど、彼だけは一人、狭い楽器置き場で、クラシック音楽聴きながら、黙々と指揮棒振ってた。もう、その姿にまたやられちゃって。
で、思い切って声をかけたの。そしたら、彼、何て言ったと思う?
「その話、今じゃなきゃ駄目?」だって。
今でもその台詞、忘れられないわ。一応、自分がモテてる自覚あったから、そんなこと言われるなんて、ホント、これっぽっちも思ってなかったんだもの。
でもね。不思議なんだけど、その時、「あぁ、私、本当にこの人こと好きだ」って。
その翌日だったな。本当に偶然に、下校の時に下駄箱のとこで一緒になってね。で、思い切って告白したの。もちろん人生初。
彼の答えが、また可笑しくて。
「高橋さんは、クラシック好きですか?」だって。クラシックなんて、それこそ、朝礼の時に吹奏楽部の演奏でたまに耳にする程度だったし、興味もなかったんだけど、とにかく付き合ってほしくて、「もちろん」って答えたわ。
そしたら、ニコッて笑って頷いてくれたのよ。もう舞い上がっちゃって。でも、彼には悟られたくなくて、「じゃあ、今日から恋人ってことでいいよね?」って。今考えると、何言ってんの?って感じよね。
デートって言っても、帰り道を一緒に歩いて他愛のない話をしたり、休みの日に映画を観るくらい。あ、夏は一緒にプールにも行ったな。精一杯可愛い水着着てね。もう、そんなことだけで十分だった。
付き合って初めて知ったんだけど、彼、結構モテてたのよ。模試では常に上位5位に入るくらい頭は良いし、スポーツも万能。で、あのマスクでしょ? 言い寄る子もたくさんいたんだって。これは、同学年の女友達から聞いた話なんだけど、だから、緋咲君と付き合ってた私、かなり羨ましがられてたんだって。
あまり口数の多い人じゃなかったけど、たくさん本を読む人だったからか、話は面白いし、何より優しかったな。帰り道とか並んで歩くじゃない? そうすると、さりげなーく、私の肩を抱いて、自分が車道側になるようにスッと避けてくれたりね。
とにかく夢中だった。彼がどうだったかは正直分からないな。いつも笑顔だったけど、何て言うか、どこか冷めてるようなところがあったように思う。
こんなことまで話しちゃって良いのか分からないけど、卒業式の後の帰り道で、初めてキスしてくれた。…おでこだったけどね。全身がカーッて熱くなって、なぜか泣いちゃって。
高校は別々だったけど、彼との時間はずっと続くと思ってた。でもね、高校入学直前に手紙が届いたの。
「ありがとう。さようなら」
それだけ。信じられる? そのまま連絡が取れなくなって。もちろん彼の家に行ってみたわ。そしたら、もう別の家族が住んでた。
だから、この前、緋咲君が突然家に来た時は、驚いた。けど、すごく懐かしくて、嬉しくてね。あの頃の気持ちが、こう、じわっと沸きあがってきて…。
去り際? うーん、何か言ってたかしら。
ごめんなさい、再会の嬉しさばかりで、去り際のことは、はっきり思い出せないわ。
分かった。何か思い出したら連絡するわね。
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