第四章 緋咲 湊

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第四章 緋咲 湊

第四章 緋咲 湊  2月21日 晴  日記なんてものは、生まれてこの方書いた事がない。もしかしたら、この日記も途中でやめてしまうかもしれない。  もし生きていれば、今日は親父の古希のお祝いだ。そんな日に人生初の日記を付け始めるのも、何か意味があるのだろうか。  日記は毎日書くものなのだろうが、それだと長続きしなさそうだから、書きたい時だけで良いだろう。    今日病院で、放射線と抗癌剤の効果がなかったと告げられた。あの辛い日々がまったく無駄だったというのは、さすがにショックだ。あとは、治験薬を試すくらいしか手はないとのこと。ただ、今は免疫力が落ちているから、すぐには無理だと言われた。  体が動くうちにやりたい事がある。女々しいと言われるだろうが、私の人生で忘れる事の出来ない光を与えてくれた、3人の女性たちに会いたい。  感傷に浸りたいという訳ではない。私の人生がどのようなものだったか、彼女たちにはその時々の俺が、どのように映っていたのか知りたい。それだけだ。    2月27日 曇  中学校に行ってみた。補修工事の最中のようだった。さすがに当時の担任の鮎川先生は居なかったが、代わりに校長が対応してくれた。事情を話すと、同窓会名簿を見せてくれた。感謝。  連絡して、明日にでも会いに行ってみようと思う。  2月28日 曇  千里に会えた。あの頃と変わらない笑顔で迎えてくれた。急にいなくなって心配したのだ、と少しだけ叱られた。  春から小学生になる女の子と、年中さんの男の子、2人の母親になっていた。とても幸せそうだった。  今から思えば、ちょっと変わった中学生だったよね、と言われた。でも、ちゃんと好きだったよと。  それから、互いの子供の話で盛り上がった。  えくぼと八重歯が相変わらず可愛い人だ。 またね、と言ってくれたが、私は同じ台詞を言えなかった。作り笑顔で一言返すのが精一杯だった。  千里、ごめん。ありがとう。  3月8日 雨  今日は由衣に会ってきた。小母さんが高校の時と同じ家に住んでいるだろうと決め込んで行ってみたら、たまたま由衣が子供を連れて遊びに来ていた。何という幸運。  男の子二人の、いかにも「おふくろ」って感じで、何だかとても愉快な気分だった。  お酒を少しだけ一緒に飲んで、高校時代の共通の友人の近況を聞くことができた。皆、元気そうで何よりだと、心から思う。  マジで好きだったんだぞ、と言われた。  その一言だけで十分だ。  ぷっくりとした唇と、長い睫が懐かしかった。ハグしてくれた力は、相変わらず逞しかった(笑)  今度はゆっくり飲みに来いと言ってくれたが、約束は出来なかった。別れ際に言った事、覚えていてくれるだろうか。  ごめんな、由衣。そしてありがとう。  3月11日 晴  天気は良いのだが、どうも体の調子が良くない。食欲も戻らないままだ。また痩せたかもしれない。あと一人。あと一人だ。持ってくれ。  3月20日 晴のち曇  ダメだ。体調が悪くなるばかりだ。歩くのも辛くなってきた。夏美には会えないかもしれない。  何で俺が。何でだ。  ちくしょう。生きろ、湊。  3月27日 雨  天気は最悪だが、ここ数日で一番体調が良かったので、思い切って夏美に会いに行った。往復8時間の移動は、正直かなりきつかったが、会いに行って良かった。  夏美も幸せそうだった。近々、旦那さんが設計した家に引っ越すそうだ。子供たちは、あの頃の夏美と同じ、大きくて、キラキラした瞳をしていた。愛おしいと思った。  少し痩せたんじゃないかと心配されたが、仕事のせいにした。昔から勘のいい子だったから、もしかしたら何か勘付いたかもしれないが、それ以上は何も聞かずにいてくれた。 そういうところは、本当、人って変わらないんだな。  夏美、これからも幸せに。  護ってあげられなくてごめんね、と言われたが、君の心のピースで、どれだけ救われただろう。  本当は、「またね」って言いたかったよ。  ごめんね。ありがとう。  3月30日 雨  薫。  いっぱい、たくさん、ありがとう。  香音。かのん。パパは君の事が大好きです。  これからも、ずっと大好きです。  君は必ず幸せになるからね。  ありがとう。  ありがとう。  愛しています。
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