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ー1ー
「あー、理麻、やっと寝たわぁ」
片手をヒラヒラさせながら、娘の理夏がやれやれといった表情でリビングに戻ってきた。今年4歳になる孫は、娘の幼い頃に似て、おしゃまでお転婆な女の子に育っている。月に1、2度遊びに来る我が家では、おじいちゃんとのお散歩に嵌まっていて、夫はすっかりメロメロだ。今日も、近所の公園で散々ブランコに乗ったらしく、興奮状態も治まらないうちに帰宅したものだから、日課のお昼寝を嫌がって大変だった。
「お疲れ様。麦茶でも飲む?」
「ありがと、ママ」
ダイニングの指定席に着く娘と入れ替わりで腰を上げ、私は冷蔵庫からガラスポットを取り出した。グラス2つに濃茶の液体を注ぐ。氷は、身体が冷えすぎるから、今の季節はまだ早い。
「ね……パパ、寝てるよぉ」
彼女は、手土産として持参した海老おかきの小袋を開けて1つ2つ摘まみながら、テレビ前のソファに呆れた視線を送る。日曜の午後、孫と遊び疲れた夫は、バラエティ番組の再放送を流したまま、軽く鼾を立てている。
「いいのよ。消すと起きるから」
苦笑いしながら、麦茶を置く。
傍目からは熟睡しているように見えても、テレビを消すと目を覚ます。そして「観てたのに」と唇を尖らせる。音量を徐々に下げてから消しても、パチリと目覚めるのだから厄介だ。まるで、超能力でもあるのかと首を傾げたくなる。
「ありがと。ねぇ、ママ」
麦茶をコクリと飲んで、ふと真面目な顔付きになる。
「もうすぐ銀婚式でしょ? 圭二と相談したんだけど、家族みんなで食事会するより、夫婦水入らずでレストランでご馳走でも食べてきたら?」
来週末、6月14日は25回目の結婚記念日――いわゆる「銀婚式」だ。子ども達2家族と一緒に、近くの居酒屋で食事会をしようという話になっている。
「やぁね、今更水入らずもないわよ」
娘は気を遣ってくれるが、改まった夫婦の時間など気恥ずかしいだけだ。普段の食卓での会話でさえ、孫と天気とワイドショーのニュースくらいしか話題がないのだから。
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