そらのひがし

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    ψψψ     ψψ     ψψψ ハナちゃんがぼくの町に引っ越してきたのは九月か十月ごろ。そのころはまだ庭のキンモクセイが咲いていなかったから、やっぱり九月だったかもしれない。 ハナちゃんはいつも青のワンピースを着ている。濃い青でもなく、中くらいの青でもなく。それはとても深い海の底のような青の色だ。 これはね、わたしの好きな夜明けの空の色よ、といつだったかハナちゃんは誇らしげに笑った。世界はね、毎朝必ずこの色から始まるのよ、と。でも、くもりの日の朝の空は青じゃないよ、とぼくが文句を言うと、あなた頭が固いわねえ、わたしの空はいつでも晴れているのよ、と涼しそうに遠くを見た。 髪はいつもつややかで、長くてサラサラしている。そのサラサラの長い髪を、ハナちゃんはいつも、うしろで大きな三つ編みにまとめていた。ハナちゃんが右手でその三つ編みをふわりとかきあげるとき、いつもきまってハチミツと花の香が混じったみたいな匂いがする。その匂いはどこかキンモクセイの花に似ている。 たぶんそのせいだと思うけど、街のどこかでキンモクセイが香るたび、ぼくは今でもふりかえってしまう。そこにあの子が立っている気がして。 あの日、朝の教室に入ってきたハナちゃんの最初のあいさつは「はじめまして」でも「おはようございます」でもなかった。そのかわりにハナちゃんは顔いっぱいに笑みを浮かべて、 「またここで、きみに会えたね! どう、あなたあれから元気してた?」 と、ぼくの肩にふわりと右の手のひらをのせた。 もちろんぼくは彼女に会うのはそれが初めて。また会えたね、なんて言葉はその場にはふさわしくない。そう、ぜんぜんふさわしくない。 でもそれなのに。 その言葉はすごく自然にその場になじんでいたから。ついついぼくの方でも、「うん、元気だったよ。キミも元気そうだね」と言ってしまった。 そんな風にしてぼくとハナちゃんは出会った。とにかく最初からハナちゃんは無茶苦茶だった。かわいくてちょっと不思議で、ほんとにほんとにハナちゃんだった。     ψψψ     ψψ     ψψψ
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