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ハナキハナノという名前を聞いたら、誰でもちょっと笑ってしまうだろう。ぼくも最初は笑った。でも、ハナちゃんは笑われても気にしない。あら、独創的で詩的な名前だと思うけど? と、澄まして答える。
「独創的」とか「詩的」とかいう、ふつうの女の子があまり使わない言葉が返ってくると、冗談半分で声をかけた方は必ずひるんでしまう。次に返す言葉がなかなか出てこない。まもなく誰もハナちゃんの名前の件では冗談を言わなくなった。
ハナちゃんはいつも教室の後ろのほうで退屈そうにしている。授業中はたいてい寝ている。そうじゃないときは、形のいい長い足を優雅に組んで、授業とぜんぜん関係のない本を読んでいる。
それ、何の本? と一度ぼくは訊いてみた。
ハナちゃんはちらりと本から目を上げて、
「リンドバーグの本よ。奥さんの方。あなたリンドバーグ夫妻は知ってる?」
ぼくが知らないと言うと、あなた不勉強ねえと、溜息まじりにハナちゃんは言った。それからぼくの国語の教科書をとりあげ、パラパラ流し読みをすると、大きく首をふった。
「こんなつまらない教科書を読む暇があったらリンドバーグの伝記くらい読んだらどう? その方がずっと勉強になると思うけど?」
ハナちゃんはそう言って、ポイッ、とぼくの方に教科書を投げて返した。
学校でのハナちゃんはいつでもそんな調子だったけど、先生も特にうるさいことは言わない。というよりも、ハナちゃんの性格を考えると、なかなか言いにくいみたいだった。
音楽の授業では、ときどきハナちゃんは授業とぜんぜん関係のない曲をピアノで弾いて先生を困らせる。ハナちゃんはピアノが上手とかそういうレベルじゃなく、今すぐピアニストになってもやっていけるくらいの腕前だ。
親戚に超有名なピアニストがいて、毎週その人からレッスンを受けているという噂だけど。ハナちゃんの演奏を聴けば、あながちその噂も嘘ではないかと思える。だけどもちろん、先生にしてみればたまったものじゃない。教え子の方がはるかに音楽の素養があるなんて。これじゃあ先生の立場がなくなる。
合唱をはじめる前。
先生はハナちゃんのところまでこっそりやってきて、あの、ハナキさん、よかったら今日も伴奏をお願いできる? と言いにくそうに言う。ハナちゃんはにっこりうなずいて、まるで女優みたいな足取りでしずしずとピアノの前まで歩いていく。
ハナちゃんが弾く「蛍の光」は、なんだかジャズの演奏みたいでちっともお別れの感じがしなかったし、「浜辺の唄」はワルツみたいに軽快に流れる。
でもまあ、それはそれで驚くほど上手だ。ハナちゃんは目を細めて楽しそうに弾いている。そういうハナちゃんを見ながら歌を歌うのは、ぼくとしても悪い気分ではない。そう、学校でハナちゃんが楽しそうにしているのは、ほんとにその音楽の時間だけだったかもしれない。
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