そらのひがし

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「でも、そんなの全部デタラメ。ひどい嘘。大嘘よ」  と、最後にハナちゃんは鼻で笑った。 「よくあれだけ作り話ばかり集めたものだと感心する。昔の人たちって、ほんとにすごく暇だったのね、きっと」 「ねえハナちゃん、そこまで言うと昔の人が怒るよ」 ぼくは控え目に注意する。 「怒りたければ怒ればいいよ。受けてたつわよ」 あははっ、とハナちゃんは笑う。 「だいたい誰よ、昔の人って?」 「誰って言われても……」 「それは何年前の人? どこの国に住んでた人?」 「知らないよ、そこまでは」 「でも。どっちにしてもそういうの、みんな、ずっと前に死んでるでしょ?」 「そりゃ、ま、そうだろうけど」 「だったら誰が怒るわけ? 怒るべき魂も、何もどこにも残っていない。みんなとっくにどこか別の場所に移行しているわ」 「イコウ?」 「つまり。移り変わって、違う場所に行っちゃったってこと。そしてその移った先では、もう誰もわたしたちのことなんて話すこともない。もとよりこの世界のこと、覚えてすらいない」 「…そうなのかな?」 「そうよ」 「でもたとえばさ、」 「たとえば何?」  ハナちゃんが、ちょっと意地悪な目をぼくに向けた。  そういう顔をしたハナちゃんは、それはそれでとても素敵だ。かわいい小悪魔という言葉かぴったりかもしれない。しばらくその目で見ていてほしい気もしたけれど。でもやがてぼくは、ちょっとだけ肩をすくめて言う。 「でもさ。ほら。たとえば幽霊はどう?」 「は?」  ハナちゃんは、露骨に嫌な顔をした。何バカなことを言ってるの? っていう風に。 「だからさ。幽霊とかは? 昔の人の心が、今もどこかに近くに残って、ぼくらの話を聞いてるかもしれない」 「ないわよ、そんなもの」  あはっ、とハナちゃんは笑う。ぜんぜん小さな子供を相手にするように。 「人の魂っていうのはね、そんなに長い時間、ひとつの場所にとどまってられないの。体から離れたら、ほんの少しだけここにとどまって、それからすぐ次に行ってしまう。だからここだけに張り付いて、いちいち誰が何を言うかなんて、聞いたりはできないのよ」 「そうなのかな?」 「そうなのだよ」  ハナちゃんは変な声で、ぼくの口真似をする。 「キミってダメだなあ。キミはホントに何も知らないのね。なに? なによ、その顔? まだ何か言うことがあるの?」 ハナちゃんは丸い落ち葉を何枚か拾い上げ、また地面にハラハラと投げ落とした。風はなく、そこに落ちた葉は、しずかにそこにとどまっている。 「ハナちゃんはどうして、」 ぼくは思わず言ってしまう、 「どうしていつも、そんなに何もかも知ってるの? どうして?」  言ってしまってから、ぼくはすぐに後悔した。  でも、それはもう遅すぎた。  ハナちゃんハッを顔をあげて、そのあと急にうつむいてしまった。  それから、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、 「だって、知っているものは知っているのよ。仕方がないじゃない。わたしだって、ほんとは知りたくもなかったわよ」  ハナちゃんは暗い目をして、さっき自分が投げ捨てた丸い落ち葉をじっと見ている。 そんなハナちゃんの表情を見て、ぼくは急に不安になる。 ぼくは何か、間違ったことを言ってしまったのだろうか? やっぱりそうなんだろうか? ハナちゃんは口を閉ざし、それから何も言わずに、ひとりで歩きはじめた。 ぼくもあわてて、その後ろについていく。
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