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「冷たい息で体を凍らせてやったのだよ。輪廻の環を潜り生まれ変わりし後は少しはいい外見に生まれるといいですね? さあ、次はお前の番だよ?」
加藤は妖怪の界隈にもルッキズムがあるのかと呆れてしまった。呆れと言うよりは親友の大原の外見を侮辱された怒りに近いと言うべきだろう。
ただ、それより驚いたのは「輪廻の環」と言う言葉。もしかして輪廻転生が本当にあるのか?
人の理から外れた妖怪が言うだけに信用に足ると加藤は考えた。
雪女は加藤の全身を舐めるように眺めた。スノボウェアからの上からでも分かる筋骨隆々としたギリシャ彫刻を思わせる体格、僅かに露出して見える健康的な小麦色の肌、眉目秀麗の整った顔…… これらを確認した雪女は頬を染めて恍惚とした表情を浮かべた。
「いい男…… こんなに美しく逞しい男を殺すのは勿体ない…… あたしだけのものにします」
小泉八雲の怪談やそこから派生する雪女の話なら、ここから俺は「生涯、雪女のことを話すな」とか「他の女を好きになるな」と約束させられてしまうだろう。そして、雪女は退屈なのか山から降りてきて俺の「恋人」や「妻」になり、あの手この手で約束を破らせようとしてくるのだ。加藤は人生詰んだと諦めてしまうのであった。
すると、雪女はその場で頭を垂れて蹲い、三つ指を突いた。
「え?」
「あたしはあなたに惚れました。あなたが輪廻の環を潜るその時まで添い遂げたいと思うております。お慕い、申し上げます……」
「あああ…… あの? 押しかけ女房? ってやつ?」
「そうです。ただ、雪女には決まりがありまして、あたしが見初めた男…… つまりあなたになります。あたしのことを誰かに話したり、他の女を好きになったりしたら、殺さなければならないのです。でも、あたしとしてはあなたを殺したくないのです。だから一緒に山から降りて妹背になり、共に白髪の生えるまで過ごしとう御座います」
ちきしょう、雪女の決まりって何だよ! 意味が分からない! 小泉八雲の怪談そのままの不条理展開じゃないか! 加藤は心の中で叫んでしまう。
「妹背…… 妻ってことだね。白髪生えるの、俺だけだと思うけど…… それはともかくとして、俺が今断ったらどうなるの?」
雪女は床に転がっている大原の凍死死体を一瞥した。加藤は「成程、俺もこうなるわけか」と言いたげに苦笑いを浮かべてしまった。
雪女に生殺与奪の権を握られてしまった…… しかし、人間は生きてなければ何も出来ない。加藤は諦観し、不服ながらに我が身を雪女に委ねる決意をするのであった。
「じゃあ、これからもよろしく」
「はい、こちらこそよろしく。くれぐれもあたしとの『約束』を守り、あなた様が千曳の岩を越えるその日まで添い遂げて下さいまし」
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