霜の降りた道程の先にあるものは

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「雪女が現れ『約束を破ったね』と悲しげな目をして男に迫りました。村雨神社の宮司は『これは奇っ怪な』と男を庇うも哀れ凍らされてしまいました。村雨神社の本殿には一本の刀、村雨が御神刀として奉納されておりまして、男の目にそれが入り、せめてもの抵抗として村雨を手に取ったのです。雪女は『そんな(なまくら)では山猫も切れぬわ』と笑いながら男を殺そうとにじり寄ったのです。男は鞘から村雨を引き抜くと、その刀身が水に濡れたように見えることに気がつきました。そして、村雨を雪女に向かって袈裟斬りで振り抜いたのです。雪女の正体は雪の精、雪は水で溶けてなくなるもの。雪女はそのまま溶けて霞のように消えてしまったのです。男は雪女から解放され、想い人と幸せに過ごすことが出来てメデタシメデタシと言うお話になりますね。まぁ、里見八犬伝の村雨と全国各地に伝わる雪女の伝承のうちの一つを合わせた民間伝承のようなものです」 なんだ、田舎の与太話か。加藤は無駄な時間を過ごしたと溜息を吐くのであった。 しかし、教授は続けた。 「この話、面白いのは村雨神社も実在してて、村雨と銘打たれた刀も本当に奉納されているという点なんですよ。私も村雨神社を訪れて御神刀の村雨も拝見させて貰ったのですが、水が垂れたような刃紋が美しい刀でした。刀身を素手で触れることが出来ればと思ったのですが、流石にそれは憚られるとやめておきました」  加藤は藁にも縋る形で「実在」する与太話に縋りついた。教授に村雨神社の所在を聞けば雪女に悟られると思い、インターネット検索で村雨神社の所在を探し当てた。教授の雪女の話であるが極めてローカルなもので、インターネット検索でも掲載しているページを見つけることが出来なかったために、全国各地に存在する村雨神社全てを行脚したのである。 雪女も全国各地を回る加藤を疑問に思いつつも「誰かに雪女の話をする」ことも「他の女を好きになる」こともなかったために静観を守るのであった。
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