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加藤は村雨神社の宮司に「里見八犬伝の村雨の本物があると聞いてきた」と尤もらしい理由をつけてアポイントメントを取り、村雨を拝見する約束を取り付けた。
本殿にて加藤と宮司が二人きりになり、桐箱に入れられた村雨を挟む形で向かい合った瞬間、加藤は重い口を開いた。
「実は…… 聞いてもらいたい話があるんです……」
「何ですかな?」
「先の冬に雪山で遭難しまして…… その時に雪女に見初められたのです……」
「君、いい歳をした大人が人を誂ってはならんよ? こんな田舎の昔話を調べたのは凄いと思うが、流石に本当な訳がないだろう」
すると、本殿の格子戸が鈍い音を立てながら開いた。開いた格子戸から冷たい吹雪が渦を描きながら入ってくる。その渦の中心に雪女がふわりと舞い降りた。雪女の表情は怒りと悲しみに満ちたものだった。
「約束を破りましたね…… あたしは悲しい…… どうして……」
宮司はスッと立ち上がり、雪女に向かって歩いていった。
「ちょっとなんですか! いきなり入り込んできて! ここ本殿ですよ! 予約もしないのにズケズケと……」
雪女は宮司の全身を舐めるように眺めた。宮司は還暦間近の壮年の男、それを確認すると雪女は宮司に口づけを交わした。
もう、この時点で宮司の命は絶たれていた。雪女は冷たく青ざめた死体と化した宮司をゴミでも投げるかのように床にポイと倒した。
雪山の時の大原と同じだ…… こいつは人の命を何だと思っているんだ…… 許せてはおけない! 加藤は桐箱から村雨を取り出し、鞘を投げ捨て切っ先を雪女に向けた。
雪女はそれを見てほほほと高笑いを上げた。
「どんな名刀でも雪の精であるあたしは斬れないよ! さあ、覚悟をし!」
雪女は両手を広げ、床を滑るように加藤の元へと向かった。おそらくは正宗や村正や虎徹と言った名の知れた名刀を使っても斬れる相手ではないだろう。
しかし、これは村雨! 出自はどうでもいい! だがあんな話が残っている以上は曰く付きの刀なのは間違いない! ええい! ままよ! 加藤は村雨を雪女に向かって袈裟斬りに振り抜いた。
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