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「う……?」  喉が詰まり、息を上手く吐き出しにくくなる。なんとか吸い込むと腹の中が熱くなり、胃にずっしりした重みを感じた。  頭の中に胸の鼓動が響いて、めまいと吐き気までしてくる。  我慢しようと思うのに、腹の中が沸々として、いても立ってもいられない。 「すみません、ちょっとお手洗いに」 「藤村君、待って! 今行ったら」 「すみません!」  光也が何か言おうとするのも聞けず、阻む手をすり抜けてトイレに駆け込んだ。  一目散に個室へ向かい、こみ上げる熱さを吐き出そうと空嘔吐を繰り返す。 (なんだ、この気持ち悪さ。専務の匂い? ……香水? 嫌な匂いじゃないのに、身体中の血が逆流するみたいだ)  結局吐物は出ず、香りから逃れることができたからか、少しの時間で随分落ち着いてきた。深呼吸をした千尋は、いつもの癖で前髪に触れながら洗面台に戻る。 「あ……」  もう顔を隠すものが何もなかった。  黒目がちの猫目や小鼻が小さい忘れ鼻、薄くて紅い唇。祖父が嫌ったいかにもオメガらしい中性的な顔が鏡に映っている。いつも以上に瞳を濡らし、頬も耳も首筋も、火照ったように桃色を呈して。 「何、この顔……泣いたみたいだ。こんな顔じゃ戻れない」  一度顔を洗おうかと水栓に手をかけた。と、同時にトイレのドアが開き、二人の社員が入ってきた。 「……? この匂い……お前か?」  千尋の姿を見るなり、一人の社員がすん、と鼻をすする。 「は……? 匂い?」 「ああ、間違いない。こいつのフェロモンだ。お前、オメガか。なんでエグゼクティブ階にオメガがいるんだ」  もう一人の社員は、言いながら手の甲で鼻を覆った。 (フェロモン……? まさか。虐げられてもいないのに、僕からフェロモンが出るわけない) 「違います。私じゃありません」  否定するが、社員は二人とも口元を抑えてふらつき始めた。息が荒く、随分苦しそうだ。 「こんなに匂わせて……誘っているのか。いいさ、可愛がってやる」  面様を変えた社員達がじりじりと千尋に近づく。 (これって)  学生時代の過酷な環境が原因で普通に発情しなくなり、アルファを惑わせる量のフェロモンを放ったことがない千尋にもわかった。 (アルファの、発情(ラット化)!)
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