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 瞼を開くと星明かり。  どこまでも深い藍に儚い光を放つ星は、大きな十字を描いている。 (ああ、あれは白鳥座だ)  学生時代、月に一度の発情期が来るたびに外鍵のついた部屋に閉じ込められていた千尋は、小窓から見上げる星空だけが心の慰めだった。  幼少期に天体を教えてくれた友達の影響で天文が好きになり、季節の星々をよく知っていたからだ。 「デネブ、アルビレオ……南十字星は……もう、今は見えない……」  星に向かって手を伸ばしかけたが、軽い眩暈がして焦点を合わせられず、再び瞼を閉じた。  眠ったわけではないが意識は朦朧としていて、頭の中に過去の記憶と、厳格な祖父の顔が浮かんでいる。  ──アルファを誘うオメガであることを恥じなさい。絶対にフェロモンを漏れさせるんじゃない。  ──アルファに番ってもらおうなどと浅はかなことは考えるな。オメガを本心から愛するアルファなどいない。いいか、これは千尋の身を案じればこそだ。 (はい、じいちゃん、わかっています。僕はアルファどころか、誰も、愛しません)  八歳でアルファ同士の両親を交通事故で亡くした千尋は、地方に名家を構える母方の祖父に引き取られ大切に育てられていた。  だが十歳になった年、祖父の態度が一変した。  第二性性別検査で、アルファ同士の婚姻では出生率がゼロパーセントに近いオメガ性の判定が、千尋に下されたからだ。  コスニの課長と同じくアルファ至上主義であった祖父は、親族内でたった一人のオメガである千尋に厳しく当たり、学校の成績や周囲からの評価が芳しくないと激しく罵倒し、折檻を加えた。  また、千尋が思春期に入ると一挙一動を監視・管理して自由を奪い、発情期には抑制剤漬けの上で部屋に閉じ込めた。  ほぼ監禁だった。  だが世間の同世代にはオメガ性であるがゆえに育児放棄されている者、周囲から無視されて寂しさを抱え、アルファと生産性のない関係を持つ者が大勢いた。  それを思えば千尋の祖父はいつも千尋を見ていて、言ってくれる。  ──千尋の将来を案じるからこそだ。   ──お前をこの家の者として恥ずかしくない人間にしてやりたいからだ。 (僕は大事にされている。だからこそ鞭を振ってもらえている。僕は愛されている。僕は愛されている、僕は……)  折檻や罵倒、過ぎる監視は辛かったが、愛ゆえと思えば次第に幸せに感じられるようになった。  実際、甲斐あって名門大学に入れたし、大量の抑制剤の効果だろうか、発情期の症状といえば軽い風邪様の症状が出るくらいのもので、どちらかといえば発情期中に罵倒を受ければ下腹がきゅん、と収縮するようになり、身体を打たれれば後孔が熱くなって下着を湿らせる……虐げられればその分だけ愛情を感じるようになり、二十歳を過ぎた頃には虐げられたときにしか発情しない身体になっていた。  だが就職が決まった直後、祖父が急逝した。  アルファだけの親戚筋にとって忌むべき存在の千尋は本家から追い出され、解放感よりも言いようのない喪失感に襲われた。 (これからは誰が僕を監視し()て、なじって(かかわって)くれるんだ)  歪んだ環境のために、歪んだマゾヒストになった千尋に光が差したのは入社後すぐだ。  千尋が配属された課にはオメガを嫌悪するパワーハラスメント課長がいたのだから。  
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