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「そうよ、もう四年よ……藤村君、本当に頑張ったわね」
田中が感極まったように涙を流した。
「田中さん、このたびは勇気ある行動をありがとうございました」
光也は田中のそばに行き、律儀に頭を下げる。
「光也様……いえ、専務。滅相もございません。告発なんて大それたことをと思ったのですが、専務が各支社でも人権への取り組みに尽力され、特にオメガ性へのハラスメント対策を強化されていたのを存じていましたので、コスニにも目を配らせていただけると信じておりました」
(告発? エリートアルファの御曹司がオメガのハラスメント対策?)
通常、各種ハラスメント対策は人事部の管轄だ。また、オメガへのパワハラはどの会社でも当たり前にあり、当たり前に見て見ぬふりをされるのが社会の現状でもある。会社のトップ層が自ら指揮をとって現場に足を運ぶ会社など、千尋は聞いたことがない。
だが実際に専務がコスニを訪れ、ハラスメントを理由に辞令を下した。
(え……田中さん。告発って、もしかしなくても、僕と課長を?)
眉を寄せて田中に視線を移せば、彼女は氷の貴公子のレアな微笑みに感動したのか、それとも勝手な使命を達成して感慨深いのか、あとからあとから涙を溢れさせる。
ちょうど光也の秘書らしき男が戻り、光也からの目配せを受け取ると、ハンカチを渡しながら田中をデスクへと送った。
「それでは、二課の皆さん。急遽ではありますが、藤村君は只今より専務執務室付けとなります。皆さんなら彼が抜けたあとの大きな穴も埋めてくださると期待しています。引き続き業務の遂行をお願いします」
光也が頭を下げる。コスニの社員たちは「氷の貴公子」の思いもよらなかった腰の低さに戸惑いを隠せず、ぎこちない動きで深いお辞儀を返した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その中で、千尋だけが片手を上げて異論の声を発する。
「私はハラスメントなど受けていません! 課長は叱咤激励してくださっていただけで……」
異動も課長の処分も必要ない。とんだお節介だ。
希望の職種に携われ、課長から日々おいしいパワハラを受ける。たまに胸ぐらを掴まれたって、仕事のチームから途中で外されたって……マゾヒストで普通じゃないオメガの千尋には、サディスティックパラダイスな大大大満足な職場で上司なのだ。
「藤村君、ハラスメントを受けた方の多くはそうおっしゃいます。今は戸惑うばかりかと思いますが、私にすべて任せてください。さあ、行きましょう」
「わ、わわっ!」
急に景色が揺れて目を閉じて、次に開いたら光也に横抱きにされていた。
課内に再び黄色い声と驚愕の声の嵐が巻き起こる。千尋は足をぱたぱたと動かして抵抗したが、もろともしない光也に専務室に運ばれてしまった。
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