第一章 あれから十年

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梨紅(りく)、そんな大荷物でどこに行くの?」  夏休みに入る手前。  外は太陽がギラギラと気温を上げ続けていて、毎日が今年一番の猛暑日を記録し続けていた。  家の中、エアコンは稼働していると言うのに、溶けてしまいそうなくらいに汗ばむ腕を上げて、あたしは母の後ろにあるカレンダーを指差した。 「明日から夏休みでしょ? あたし、東京行ってくる」 「はぁ?」  突然の娘の宣言を受けて、母は驚きを通り越して、笑い出してしまった。 「なーにいってるの?東京なんて行ったことないでしょう? まさか、去年連れて行くって言ってママが急遽仕事入っちゃったからそれを恨んでるとかじゃないわよね?」  ハッと思い当たる記憶を辿り出して、母は去年の約束のことを謝り出すから、あたしは違うと首を横に振った。 「違うってば、あたし、ヒーローに会いに行くの」 「ひー……ろーぉ?」  思い切り、何を言っているんだと言わんばかりの表情で苦笑する母に、あたしは怒って頬を膨らませた。 「あ! もしかして、あれ? テレビで見てる仮面レーサー、高藤(たかとう)くんに会いに? あの子イケメンよね。梨紅が唯一ハマってる推しでしょ? なんかのイベントとかあるの?」  母の勘違いに、ますますあたしは頬を膨らませる。「フグみたいよ」と笑う母の言葉にプシュウッと空気を吐き出した。  仮面レーサーの高藤純希(じゅんき)はイケメンでカッコいい俳優さんだし、推しなのは確かだけど、それは弟の(うみ)と一緒にテレビで見ていて少しハマってしまっただけで、わざわざ会いに行きたいなんて気持ちがあるわけじゃない。  あたしがここまでして会いたいのは、本物の推しだ! と、言うか、運命の人!  小さい頃から、ずっとあたしの中でのヒーロー。  公園の滑り台の上で、カッコよくポーズを決める、名前も知らないあの男の子ただ一人。  なにも知らないのに、あたしの行き先がなんで東京なのかは、たぶん東京に行けば会える気がするから……と、いう、ものすごく安易な考えだ。  だから、正直、詳しいことは母には言えない。 「そのヒーローくんはどこの誰なの?」  ごもっともな質問が飛んできた。
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