第一章 あれから十年

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「お姉ちゃん、ヒーローに会いに行こうとしてるの?」  隣に座る海がいきなりこちらを見ながら聞いてくるから、思わず啜ったそうめんが器官に入り込みそうになってむせた。 「……っ、な、なんで?」 「ぼくも行きたいー、連れてってよー」  袖を掴まれて、グイグイ引っ張られるから、つゆの入ったガラスの器を持つ手が揺れて、こぼれそうになるのを必死で回避する。 「ちょっと、海、こぼれるからやめて。それに、ヒーローって誰のことか分かってんの?」 「仮面レーサーのギアでしょ!?」  分かってるよと言わんばかりに自信満々に答える五歳児、海のドヤ顔はちょっぴり生意気だけど、かわいい。 「違うよー」 「えー、じゃあ変身前の高藤純希ー?」  下唇を突き出して、不服そうに聞いてくる。変身後のギアに比べたら、変身前のただのイケメンにはさほど海は興味がなさそうだ。 「うーん、どっちも違う」 「えー、じゃあなんのヒーローなのー?」 「お姉ちゃんの大事なヒーローだよ!」  あの日、あたしはあの子から勇気をもらったんだ。  ずっと病気を理由に、家に閉じこもってばかりいた。幼稚園には体調が良くないことも多くて休みがちで、友達もなかなか出来なかった。  自分から話しかけることなんて、怖くて出来なくて。たまに行った公園で、一人でクローバーの中の四葉を探したり、お花を見つけたりして遊んでいた。  あの子が現れるようになったのは、ほんの数週間。  「みんなで遊ぼうぜーっ」そう叫んで、公園内に現れた。最初はみんな驚いていたのに、すぐに誰もが打ち解けていった。  まるで、ずっと前からそこに居たみたいに、その子が手を挙げると、みんなが集まってきて、自然と笑い声が響いてくる。  いいな、あたしもそこに行きたいな。  ずっと、思っていた。  だけど、あたしには勇気がなくて、いつもあの子の背中を目で追うばかり。  そんなあたしが、一度だけ、勇気を出して声をかけたことがあったんだ。
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