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「お姉ちゃん、ヒーローに会いに行こうとしてるの?」
隣に座る海がいきなりこちらを見ながら聞いてくるから、思わず啜ったそうめんが器官に入り込みそうになってむせた。
「……っ、な、なんで?」
「ぼくも行きたいー、連れてってよー」
袖を掴まれて、グイグイ引っ張られるから、つゆの入ったガラスの器を持つ手が揺れて、こぼれそうになるのを必死で回避する。
「ちょっと、海、こぼれるからやめて。それに、ヒーローって誰のことか分かってんの?」
「仮面レーサーのギアでしょ!?」
分かってるよと言わんばかりに自信満々に答える五歳児、海のドヤ顔はちょっぴり生意気だけど、かわいい。
「違うよー」
「えー、じゃあ変身前の高藤純希ー?」
下唇を突き出して、不服そうに聞いてくる。変身後のギアに比べたら、変身前のただのイケメンにはさほど海は興味がなさそうだ。
「うーん、どっちも違う」
「えー、じゃあなんのヒーローなのー?」
「お姉ちゃんの大事なヒーローだよ!」
あの日、あたしはあの子から勇気をもらったんだ。
ずっと病気を理由に、家に閉じこもってばかりいた。幼稚園には体調が良くないことも多くて休みがちで、友達もなかなか出来なかった。
自分から話しかけることなんて、怖くて出来なくて。たまに行った公園で、一人でクローバーの中の四葉を探したり、お花を見つけたりして遊んでいた。
あの子が現れるようになったのは、ほんの数週間。
「みんなで遊ぼうぜーっ」そう叫んで、公園内に現れた。最初はみんな驚いていたのに、すぐに誰もが打ち解けていった。
まるで、ずっと前からそこに居たみたいに、その子が手を挙げると、みんなが集まってきて、自然と笑い声が響いてくる。
いいな、あたしもそこに行きたいな。
ずっと、思っていた。
だけど、あたしには勇気がなくて、いつもあの子の背中を目で追うばかり。
そんなあたしが、一度だけ、勇気を出して声をかけたことがあったんだ。
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