【前編】死にたい男・殺す女

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真喜雄(まきお)君、肺ガンだって?」 「四十になったばかりで、煙草だって吸ってなかったんだろう?」 「聖人君子のような男だったのにねぇ。それに引き替え……」  火葬場の一角で、噂話に興じていた親族一同の会話がピタリと止まる。 ━━分かってるよ。続きは、こうだろう? 『憎まれっ子、世に(はばか)る』 ━━自分の人となりを表すには、最も相応しいことわざだ。  品行方正だった兄の葬儀で、猛彦(たけひこ)は改めて思い知る。  一回り年上の兄・真喜雄は酒も煙草も(たしな)まず、親族たちが評価した通りの生真面目を絵に描いたような堅物だった。ひたすら仕事に邁進(まいしん)し、勤め先の上司の勧めで物静かな女と見合い結婚、そして一男をもうけ……。兎に角、至極真っ当な暮らしを営んできたのだ。  曇りのない男であるはずの真喜雄の肺に「影がある」と診断されたのは、半年前。検査だ、入院だ、手術だと促されるままに闘病生活に入った矢先、あっけなく逝ってしまった。そして、その早すぎる死を惜しまない者はいなかった。  片や、弟である自分は━━。  呑む、打つ、買う。下卑た欲望の赴くままに生き、兄とは真逆の人生を歩んできた。結果、猛彦は三十を迎えるまでに結婚生活を二度も失敗した。三度目の縁談を勧める猛者は、周囲に誰一人としていなくなった。
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