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この俺が。
※※※
鈴木臣
大手商社企業に務める36歳だ。
「係長」
朝礼が終わった時間帯。
デスクに着き仕事の準備を始めた臣は部下の女子社員の声に顔を上げた。
「どうしたの?」
「朝は係長の淹れたお茶が飲みたいなー。なんて」
その提案に周囲の女子社員も手を上げる。
「私もー」
「そう?それじゃ僕淹れてくるよ」
頷いた臣は椅子から腰を上げた。
営業課の係長の彼は、自分が管理職であるという事を鼻にかけたことが一度も無い。
雑用でも何でも率先して動くタイプだ。
そんな彼に慣れ親しんでる部下はよく臣に頼みごとをする。
特に臣が淹れたお茶は美味しいと好評で、今では「お茶くみ係長」とまで呼ばれていた。
かと言って、決して彼は部下からイジメを受けている訳ではない。
フレンドリーな口調と、フェミニスト気質の臣は、少ない女子社員の中で課長より支持を得ていた。
部下に、上から目線では無く横から目線で接する臣は女子社員にとって甘えられるお兄さん的な存在なのだ。
「今日は特別にお茶菓子あるからね。温泉饅頭持ってきたんだ」
笑顔の臣に「やったぁ!」と声が沸き上がる。
(友達から貰ったお土産持ってきて良かった)
この前温泉旅行から帰った友人に貰った品を持参して正解だった。
臣は人の笑顔を見るのが何よりも好きなのだ。
顔を綻ばせた臣は給湯室へと足を向ける。
「…そう云えば、青島君今日休みだっけ?」
「青島君なら今日は会長に会うとかで遅れて出勤するんだって。あたしちゃんとチェックしてるんだ♪」
臣の耳に女子社員の会話が届いた。
『青島』という名前に臣は苦笑いを溢す。そんな臣に部下の一人が気付いた。
「係長?どうされました?」
「や、別になんでもないよ」
『青島武彦』とは、本社の会長を務める青島伊鶴の1人息子である。
本社で管理職に着く前に、色々な支店で経験を積んで来い。と言う父の命令で、24歳の青島は臣と同じ部署に研修という名目で働きにきていた。
青島が「よろしく」と皆の前で挨拶をしたのはまだ記憶に新しい。
会長の息子で整った顔立ち。
次期会長夫人の座を狙い、色めき立つ女性陣の気持ちは臣にも解る。
---解るが。
「青島君ってテコンドーの全国大会で優勝した事あるって知ってる?」
「知ってる!知ってる!あの外見で実は強い。とかってギャップあっていいよね!」
「ね!それに青島くんっていつもニコニコしてるけど、仕事ミスした子には「殺すよ?」とか言うんだって!S系の男子って危ないとこに引きつけられちゃうんだよね~」
「わかるぅ!」
(解んないって)
臣は後方の部下の会話に脳内ツッコミを入れた。
何故臣が彼の性格に関して詳しいかというと
彼にお付き合いを申し出されていたからだ。
告白を受けたのはつい昨日の事。
ヤレヤレと溜息を吐いた臣は、止まっていた足を再び動かした。
脳内に昨夜の出来事が蘇る。
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