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夜の帳も落ち、営業課の室内には残業中の臣ひとりだけが残っていた。
「係長―、お疲れ様でーす」
PCと睨めっこをしていた臣はその声に顔を上げる。
室内に入ってきた青島に臣は珍しい、と目を丸くした。
「青島君、どうしたの?確か君定時で上がったんじゃなかったっけ?」
青島はニコニコとしたまま臣のデスクに歩み寄る。
「帰りましたよ。それで係長が一人になるまで待ってたんです」
青島はスーツのネクタイを緩めた。
「なんで?僕に何か話でもあった?」
「うん。大事な話」
青島は頷く。
臣は疑問符を頭に浮かべる。青島は真面目な性格を持つ自分とは違い、飽き症で我儘なところがある。目上に対する言葉使いもなってない。
自分とは全く違う性格の彼に臣は若干、苦手意識を持っていた。
だが、相手から自分に歩み寄って来てくれたとなれば話が違う。
もし、悩み事の相談で自分が1人になるまで待っててくれたのだとしたら上司としてちゃんと話を聞こう。
臣はそんな気持ちで目の前の彼を見詰めた。
「取り合えず座りなよ」
「いーっす。このまんまで」
青島は座ったままの臣の背に回る。
彼の行動を不審がる臣の背後から青島は腕を回した。
「係長。俺と付き合って」
「無理。今僕好きな人いるから」
「秒殺っすか?係長の好きな人って男?女?」
「女性」
「ラッキー。男枠空いてんじゃん」
「男枠ってなんだよ」
「俺、男に惚れるなんて初めてでさ。って事で俺を狂わせた貴方には罰として一生俺の側に居て貰うね。ほら返事。『はい』は?」
「意味が解らないんだけど。てかなんで僕?僕は君より10コ以上離れてる年上のオッサンだよ?」
「でも可愛いじゃないすか。貴方童顔過ぎ」
青島は口で臣の眼鏡を外した。
ペッっとデスクの上に眼鏡を落とす。
「おい、人の眼鏡乱暴に扱うな」
臣はツッコミ所を間違えている。
青島の云う通り、臣は日頃から実際の年齢よりかなり若く見られる事が多かった。
「それに役職のクセに威張る感じもまるで無いし、普通に部下にお茶出してるし」
「別にいいじゃん。僕好きでやってるんだから」
とりあえず離せと臣は身を捩るも青島の腕は緩まない。
「室内掃除する係長。なんて初めて見たんだけど俺」
「綺麗にしてるに越した事ないでしょ?」
「何その気の回し様?貴方俺にも気、使った事あったよね?俺が本社の次長にタメ口で電話対応したアレ。そん時アンタ速効本社赴いて直接その次長に謝ったじゃん?まるで自分事みたいに必死に。でもあんな事しなくて良かったの。あの次長、俺が会長の息子だって知ってたんだから」
ああ、あの時の事か。と臣も思い出す。
「でも一応礼儀ってものがあるだろ?部下の失態は上司の僕に責任があるんだから」
呆れ顔の青島に臣は真っすぐな視線を返した。
「俺を『会長の息子』じゃなくてひとりの人間として接する奴なんて一握りよ?」
「そんな事…」
無い、といい切れずに言葉を濁らす臣に青島は溜息を吐いた。
「俺、色んな意味で貴方みたいな人間に初めて会ったよ。しかも男なのにこの俺を惚れさす、なんて罪なお人だ。早く俺と付き合うって言いなよ」
「付き合いません。僕は結婚して温かい家庭持つの夢なんだから」
「捨てちゃえ。そんな夢」
「笑顔で酷い事言うな」
青島はヤレヤレ、と肩をすくめる。
「…しょうが無いなァ。…なら、これから無理矢理アンタを犯してハメ撮りするしかないかァ。後でそれで脅します」
「捕まるよ青島君。僕に拒否権は?」
青島は顔を振る。
「最初っから無いってそう言ってますよね?貴方今日から俺の恋人ね」
※※※
あれから2年。
臣の役職も上がり、名字も『北野』に変わった今も青島からの『俺と付き合って』攻撃は続いている。
「最初は冗談かと思ったんだけど。本気で言い寄られたら申し訳ないけど断るしかないよね」
自宅のリビング。
懐かしい話を義理の息子である北野雷にせがまれ打ち明けた臣は「内緒だよ?」と唇に人差し指を当てた。
好きな人の惚れた晴れたの過去話。正直面白く無い。
雷はぶすっとした顔を腕に乗せた。
「おみさん恋人作る気ねーの?てかソイツと付き合えば玉の輿じゃね?」
「恋人より、今僕の1番大切な人は雷君だから」
肩をすくめる臣に、雷は赤く染まった頬を大きな掌で覆いつつ臣から逸らせた。
俺、幸せ者過ぎる、と。
「あんな奴よりおみさんは俺が幸せにすっから」
雷は臣に聞き取れない位の小声を早口で部屋の床に落とした。
fin
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