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腹立つ。
北野家。
キッチンで客人用のお茶を淹れていた北野臣の耳に玄関チャイムの音が届いた。
玄関のカメラ画像を覗いた義父は義理の息子、雷の姿に驚く。
「学校もう終わったの?」
夏期講習がこんなに早く終わるなんて。
『暑ぃから抜けて来た』
「もー雷くんたら」
仕方ないな。と臣は玄関の鍵を開ける。
「お帰りなさい」
何処か作り笑顔の臣に、雷はどうしたのかと眉根を寄せた。
「…おみさん何かありました?」
気まずげな臣は困り顔を揺らす。
「実はさ、今日雷くんお昼まで帰って来ないと思って会社の部下と上司家に呼んじゃったんだ」
取引先が家の近くでさ。冷たいお茶でもご馳走しようかと思って。
しかし、雷は他人が自宅を出入りする事があまり好きではないのだ。
だから臣は自分の友人を家に招待する回数がとても少なかった。
義理の息子を不機嫌にさせるのではないかと悪びれる義父に雷は溜息を吐く。
「俺、部屋に閉じ籠ったままでいーっすか?」
だからその間、家の中を自由に使っても良いと言いたいようだ。
臣は彼の承諾を得る事が出来たとホッと肩の力を抜いた。
「良かったー」
ふと、雷は玄関口を揃えられた革靴2足に眉根を寄せた。
「…部下と上司ってどっちもヤローですか?」
一気に機嫌を下降させた雷に臣は気付いていない。
「うん」
男を家に上げるな。という雷の本音を解っていない。
―――と、イライラしている義理の息子に義父はようやく察知した。
「やっぱり家に会社の人達呼んじゃいけなかったかな?」
「別にそんな事言ってんじゃねーすけど…」
(大当たりだよコンチクショー)
雷が本音をぐっと飲み込んだ時だ。
ガチャリ。
聞こえたドアノブの音に気をとられた父子は、音源元である臣の部屋に視線を向けた。
其処から顔を出したのは、臣の上司、木村壮馬(36)である。
「北野。青島がお前の部屋物色し始めたぞ。俺が止めても言う事聞かなくてな。お前が何とかしろ」
「はい!?」
木村と雷の瞳がかち合った。
「あッ木村部長、この子が僕の息子の雷くんです!!雷くんッこの方が上司の木村部長だよッ」
手短に二人を紹介すると臣は自室へと急いで駆け出す。
「青島ぁ人の部屋荒らすな!!」
入れ違いに廊下を走る臣を見送った木村は、玄関で靴を脱ぐ雷へと片手を差し出した。
「キミが北野の息子さんか。俺は木村だ。宜しく頼む」
雷は握手に応じずに冷たい眼光を返す。
「手ェしまえ。俺は慣れ合いが嫌ェでな」
握手を拒否された木村は特になんとも思って無い様だ。
「そうか」
そんな彼等の元へとやってきたのは青島武彦(26)だ。
「なんだよ。エロDVDでも無いか戸棚の中ちょっと荒らしたぐれェで怒っちゃって」
ブツブツと臣に対して文句をう青島の視線が雷に向いた。
「あ、君が北野課長の息子さん?俺は青島だ。君の事はいつも課長から聞いてるよ」
「…そりゃどうも」
雷に近付いた青島は上司の息子をマジマジと見詰める。
「にしても君課長に似て無いね?母親似?」
「義理の息子なんでね」
「そうだったのか?課長いっつも君の事ばっかり話すから」
初対面の男に、自分の知らない義父を語られて面白くない雷は青島を睨みつけた。
「…俺はアンタ等の事おみさんの口からひとっ事も聞いた事が無かったけどな」
「…ああん?」
青島と雷の間でピリッとした空気が張り詰める。
青島は雷の挑発的な眼差しを真っ向から受け止めた。
「てか、課長がいっつも『雷くん雷くん』つってるから『雷』ってのは課長が飼ってる犬っころの名前かと思ってたぜ」
黒い笑顔を湛える青島に雷は怒気の籠った眼を向ける。
「あ?誰が犬だって?」
「君以外誰がいる?」
「んだと?」
一触即発な二人の間に乱入したのはグラスを4人分用意して来た臣だ。
「冷た〜いお茶が入りましたよ〜」
その存在が不穏な空気を吹き飛ばした。
「お前なー」
木村部長
「空気を読んで」
青島
「?どうかしたんですか?」
天然な臣に3人は毒気を抜かれた。
そうそう。
臣はお茶と一緒に持ってきたタオルで雷の額の汗を拭き取る。
「雷くん汗冷えちゃったら風邪ひいちゃうよ」
まるで若奥さんの心使いをみせる臣。
そんな義父を独り占めした雷は臣の上司と部下にドヤ顔を向けた。
fin
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