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 彼女の甘めの料理については特に不満がなかった。いうてフライのようなものであれば市販のソースをかけるわけで、彼女が衣に砂糖を混入しない限りは甘くならない。すべての料理が甘いわけではないのなら、特に気にすることではないと思えた。  ただ、ひとつだけ。どうしても気になることがあった。  ――甘味、それは、りんごのようなものではないか。私に再び苦しみを味わわせるものなのではないか。  今、甘いごはんに不満を抱かないのは、ただ単に始まりたての恋というバイアスがかかっているからで、それがマンネリ化した恋となったときはどうなのか。やはりあの時、「甘いごはんを作る人は苦手かもしれない」などと濁した言葉を吐き捨てて、熱々の心に氷水でもかけてしまえばよかったのだろうか。そうして、振ってもらえばよかったのだろうか。  私の舌も、身体や心と同様に大人になっていたらしい。少しくらい何かの主張が強いくらいでは気にせずに食べられるようにはなっていたし、何となく『こうでなくっちゃ』と主張を求める日もあった。子どもがピーマンやらナスやらニンジンを嫌っていたくせに、大人になったら涼しい顔をしてモグモグと食べているのに、似ている気がする。  彼女は、付き合って三か月の記念にと、腕によりをかけてアップルタルトを作ったという。よりによってアップルタルトかよ、と思うが、今に至るまでりんごとシナモンの組み合わせに苦手意識を持っていることを口や文字に変えたことがないので、私の顔にそれを書き記さない限り、彼女が知れるはずもなく。伝えていないことに配慮を要求できるはずもなく。  ぎこちない笑顔でもって苦手をアピールすることはもちろんできたが、そんなガキ臭いことをしたいとは思えず、しかし彼女相手にしては少々他人行儀な笑顔を決めて、手を合わせた。  気に入ってもらえるかどうかを気にしているのだろう、彼女の視線はグラグラと揺れているようで、けれど鋭かった。その視線の出所をはっきりと見ていないけれど、はっきりとそれが鋭かったと言えるほどに、私に痛みを与えた。  フォークで小さな一口分を切り、すくい、口へ運んだ。  ふわぁ、といつもよりきつめのシナモンが香る。アンバランスなシナモンと甘味。プロや機械の仕事ではない、ムラだらけのそれ。 「どう、かな?」 「うん」 「うん、じゃ分かんない。どうなの?」 「どう、だろう」  彼女の言葉は、視線同様に揺れている。しかし、すべてが揺れているわけではない。彼女は多分、味見も、さらに言えば試作もしている。全力は出した、という、つつけばボロボロと崩れ落ちそうな貧弱な自信は持っていそうだった。彼女の不安は、私の口に合うか。そればかりがブクブクと膨れ上がっているような、そんな気がした。この直感はあながち間違いではないと、撫でればボロボロと崩れ落ちてしまうくらい軟弱な自信を持って、思う。 「よくわかんない。でも――」 「でも?」 「けっこう、すき」  嘘は、ついていない。  これが大人になるということか。はたまた愛の力なのか。素人仕事のアンバランスなシナモンは、私の舌を撫で、喉から食道を下り、胃や腸、血を経由して、私の心に優しさを届けてくれた。甘く、柔らかく、上品で、繊細な、特注品の優しさを。
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