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彼女はカレーを作るとき、市販のルーを使っていた。
彼女は私を気づかって、煮込んだ食材を別の鍋にとりわけ、甘口と中辛の二種類を作っていた。別に甘口だって構わないと何度か伝えたのだけれど、普段の料理が甘いのにカレーまで甘口を食べさせるのは申し訳ないと、辛さを分けるという面倒だろう作業を止めることはなかった。
彼女のカレーはトロリとしていて、おいしかった。母のカレーとは異なる味わいで、不味いとも思わず何となく口に運んでいた、よそのカレーに少し似ていた。
どうしてこうも違うのだろうか。母がカレーだと言い張って食卓に出していたあの料理は、実はカレーではない何か別の食べ物だったのだろうか。不思議に思い、ピリリと辛いカレーを食べながら、彼女に「母さんのカレーは何かが変だった。甘みとか、香りとか、とろみとか。なんでだと思う?」と訊いてみた。
彼女はうーん、と唸り、しばし閉口した。
「ルー使って作ってた、よね?」
問いに問いが返ってきた。
「分かんない」
「んー。分かんないけど、もしルーを使ってないんだったらありきたりな味にならないだろうから、何かが変、って感じるのかな、なんて思ったりはした。んー。でもやっぱり、ほら。食べてみないと分かんないよ」
「だよねぇ」
「食べてみないと、ね」
パチパチ、と瞬き。
実家へ行きたい、とでも言われている気がした。
いざ両親に紹介しようという時、私は「彼女にカレーを振る舞ってくれないか」と母にお願いをしてみた。しかし、幼少期、私が母のカレーを嫌いすぎたせいだろう。すっかりとカレー作りの自信を喪失していた母は、それを拒否した。代わりに、顔合わせをインドカレー屋でしようと言い出した。
個室のある和食屋ならまだしも、インドカレー屋とは。困惑したが、彼女がノリノリだったので、私だけが置いてきぼりを食らうようにして、とんとん拍子にことが進んでいった。
そう言えば、カレーに苦手意識を持っていたせいだろう、インドカレーを食べたことがなかった。
まあ、本場のカレーは美味いに違いないが、はてさて。なんとも嫌な予感のするエックスデーを、私は来るな来るなと念じながら迎えた。
シャバシャバとしたカレーは、美味かった。私からすればとっ散らかった香りをしているが、しかしそれぞれがうまく手を繋いでいた。誰かが主張しすぎるでもないくせに、誰もがきちんと主張をしていた。
甘みや香り、とろみといった要素を、私は変に気にしずぎていたのかもしれない。いや、母が作るとただとっ散らかったカレーになるから、気になってしまったのかもしれない。
「カレーを作る時、こだわりとかありますか?」
ラッシーを飲みながら、彼女が母に問う。
父はコーヒーを口に含んだ。苦い顔をした。
「私、カレーは作らないタイプで」
「それは……」
「この子から聞いているでしょうけど、私、カレー作るの下手くそなのよ」
視線をプロの、本場のカレーに浸しながら、母は語り出した。
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