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「具合が悪いなら、さっさと帰って休みな……」
「…………さい」
「ん? 悪い、聞こえな……」
「……ください」
人間、お腹が空きすぎると声もまともに発することができないのだと学ぶ。
「もう少し大きな声で……」
「助けてくださいっ!」
人は、大きな声を出すのにも体力を使う。
そんな初歩的なことを、異世界で初めて学んだ。
マンガ家を目指していたはずなのに、異世界に来てから初めて知ることがあるなんて思ってもみなかった。
欠落した経験と感情があるから、私はマンガ家になれなかったのだと気づかされた。
「は? タダで飯が食えると思ってんの?」
「まあまあ、落ち着こうか! 俺、目の前で人が死ぬのとか嫌なんですけど」
まさかの空腹が原因で一歩も歩くことができなかった私は、私に声をかけてくれた男性に背負われることになってしまった。
「俺が、お金を払うから」
「甘やかすと、碌なことにならないからな」
大人にもなって、おんぶを経験するなんて思ってもいなかった私は抵抗を示そうと試みる。
けれど、その抵抗を示すのにすら、体力がいることだと気づかされた。
お腹が空いている私では、おとなしく彼に背負われることしかできなかった。
「今回だけ! 今回だけだから!」
「…………」
「お願いしますっ! この通り!」
案内されたのは、今にも風で吹き飛んでいきそうな寂れた雰囲気のお店。
外観の廃れ具合が酷すぎて、お店なんて呼べるものではないけれど。
それでも客を招き入れるための店内だけは、清潔感溢れていて驚かされる。
この清潔感を店の外観にも活かすことはできないのかなと思いながら、私は目の前で繰り広げられる会話にすら参加できずに椅子の上でおとなしくしていた。
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