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諸星は書斎に入るなり、無遠慮に部屋中を舐めまわすように見ると壁際に並べてあったトロフィーに興味を示した。それらは私が取った数々の賞の勲章だ。そのひとつを諸星は手に取って眺めている。
諸星は私の元弟子だ。文才はあったのだが、ある理由によりデビューはできなかった。作家を夢見ていた彼はその現実を甘んじて受け入れ、私の元から去っていった。
「ありがたいことに先日発表した新作が賞をもらってね」
「そういえば、新しい小説を出されたんですね。おめでとうございます。映画も公開するようで、羨ましい限りですよ」
言葉は褒めているが、口調は嫌味ったらしい。諸星はいつもそんな喋り方をする男だ。もっとも今のは本当に嫌味なのだろうが。
「ありがとう。ところで今日はどういう要件だ? まさか新作発売を祝いに来たわけじゃあるまい」
私は本革のデスクチェアーに腰を下ろす。座り心地がいいこの椅子も今だけは居心地が悪い。
諸星は私の言葉にクククっと押し殺した笑い声を上げると、手にしていたトロフィーを元の場所に戻した。
「いやだなぁ、センセ。とぼけちゃって。ほんとはわかってるくせに」
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