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諸星はスタスタと私の目の前まで歩いてくると、中腰になって視線を合わせた。その顔には表情がない。狂気すら感じる冷たい能面みたいな顔。
「今月分のお金、もらいに来たに決まってるじゃないですか。早く出してください」
「もうこういうことはやめないか。お互いのためにならない」
「そういうこと言うんですか、センセ。僕はいいですよ? あのことを世間にばらしちゃっても」
「…………」
「センセのファンはどう思うでしょうね。まさか南雲誠一郎にゴーストライターがいたって知ったら。人気はガタ落ち、映画も公開中止でしょうね」
諸星のいうとおり私は彼にゴーストライターを頼んだことがあった。あれはちょうどスランプだった時期のこと。締切ばかり刻一刻と近づいてくるのに、何一つ書けない。書いたとしても南雲誠一郎の名で出版社するにはあまりにも稚拙な代物だった。困り果てた私は禁じ手だというのはわかっていたが、当時弟子だった諸星が書いた小説を私の名で出版社に送った。
「君に書いてもらったのは、あの一作だけじゃないか!」
「だから何です? 僕はあなたのせいでデビューを諦めたんですよ。お金はそれに対する対価でしょう」
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