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「涼さん、退院おめでとうございます」
その日、俺はやっと退院になった涼さんを迎えに病院へ行った。
落ち着きを取り戻した涼さんは、姉さんが生きていた時と同じようにすっかり穏やかになって毎日お見舞いに行く俺に優しく接してくれた。
「なつめくん、ありがとう。でも……僕は、僕のことは少しずつ思い出せているけれど、まだキミのことも奥さんだった人のことも思い出せていない……このままでいいのかなって不安なんだ」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。……もし涼さんが嫌じゃなかったら、俺も涼さんの家に居させてくれませんか? 記憶を失う前、俺たちは少しの期間ですが一緒に暮らしていました。だから、サポート出来るかなって」
涼さんが瞳を瞬かせて、破顔した。
「本当? なつめくんに傍にいてもらえたら嬉しいな。自分のことはわかってきたけれど、些細なことは忘れたりしているから一人は怖いし……なつめくんが居てくれたら僕も嬉しい」
「もうすぐ夏休みが終わってしまうから、ずっとは涼さんの傍にいられなくなるんですけど……俺に出来る限りのことはさせてください」
〝なつめくん〟と呼ばれるのは何だか照れ臭いし、距離が遠くなってしまったようで少し寂しいけれど、涼さんの傍にこれからも置いてもらえるなら幸せなことだし、何より今の涼さんは温かい。
こんな日々が少しでも長く続いて欲しかった。
「ありがとう。なつめくん。こんなに献身的に僕の傍にいてくれて」
「言いましたよね? 俺は涼さんのことが好きなんです。俺に出来ることなら何でもさせてください。それが罪滅ぼしです」
「なつめくんに何の罪があるの?」
その言葉に、やっぱり罪悪感を抱いてしまう。
「俺のせいで涼さんは記憶を失ってしまったから……」
「そうだとしても、僕は今すごく穏やかな気持ちなんだ。きっと、なつめくんが傍にいてくれているお陰だと思う。ありがとう」
何だかこのまま傍にいたら涼さんは俺を見てくれるんじゃないかという期待めいたものを感じて、胸が高鳴ってしまう。
罪を滅ぼすなんて体のいい言い訳だろうか。
けれど、どんなことをしてでも涼さんから離れたくなくて──。
このまま互いを必要とする関係を続けていけば、今の穏やかな涼さんが俺を見てくれたら……なんて考えることは間違っているだろうか。
たとえ間違いだとしても、いつか破綻するとしても。
「涼さんに必要としてもらえるなら俺は嬉しいんです。ずっと傍にいさせてください」
涼さんが柔らかに微笑んで、俺は少しだけ俯いた。
やっぱり記憶を失っていることを利用しているのかもしれないと胸が痛んで。
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