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今日も仕事に行く涼さんを見送って、俺がまたなつめであることを自覚し、苦しむ時間が訪れる。
涼さんといる時は、涼さんだけを見て、涼さんだけに溺れて、自分が何者でも良いと思えるけれど、一人になるとたちまち憂苦に押しつぶされそうになる。
今朝、涼さんは笑顔で「今日は仕事の帰りになつめを迎えに行ってくるから」と言って家を出た。
俺は、ここにいるのに。
もうどうしたらいいのかわからなくなってしまって、思わずスマートフォンを手に取って着信履歴を開いた。
新に電話をかけた。
新のことは、あの日会話をした後、着信拒否をしていた。
涼さんと俺の仲を否定したから、認めてくれなかったから、引き裂こうとしたから。
でも──。
限界だった。
なつめじゃない時間と、なつめである時間の繰り返しに、壊れてしまえたら、狂ってしまえたらいいのに、ギリギリのところで自我を保とうとする本能に疲れてしまっていた。
『もしもし⁉ なつめ⁉』
「新……俺……もうどうしたらいいのかわからない……」
言葉にしたら、一緒に涙もこぼれて必死に嗚咽を噛み殺そうとするけれど止まってはくれなくて。
『なつめ、まだ監禁されてるのか?』
「もう監禁されてない。俺は俺の意思で涼さんの傍にいる……。でも、もう涼さんが消えてしまいそうなんだ……おかしくなってる……。新、俺はどうしたらいい? どうしたら涼さんを救える?」
電話の向こうで息を呑んだ新が、『住所教えろ。一度なつめに会いたい。お前まで壊れてる』と言った。
俺が壊れていることはもうわかっている。
けれど、もう一ヶ月近く、ずっとこの生活だから誰かに会いたくて、涼さん以外の誰かに涼さんを救える方法を訊きたくて、助けて欲しくて。
俺は新に住所を告げて、そっと電話を切った。
涼さん、俺にしてあげられることは何かある?
俺の家に行ったって俺はいないよ?
だって俺はここにいるんだから。
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