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窓際のベッドで頭に包帯を巻いて、同じ点滴を腕に刺した涼さんが半身を起こして窓の外を見つめていた。
「涼さん!」
ガラガラと点滴を引きずって涼さんの元へ駆け寄ると、涼さんがゆっくり振り返って、朧気に俺を見つめた。
それから、どこか焦点が合わない瞳で口を開いた。
「キミは僕のことがわかるの?」
医師が傍らで俺に憐れむような視線を向けた。
「何かショックなことがありましたか? 脳には異常はありませんが、解離性健忘を起こしています。その中でも全般性健忘と言って、自分自身のことも覚えていません」
ショックなこと……俺が新に暴かれたから?
姉さんが死んだ時はこうはならなかったのに俺まで守れなかったから?
「涼さん……俺がわかりませんか? なつめです」
「なつ……め?」
涼さんが頭を押さえて俯きながら、必死に何かを思い出そうとしているのか苦しそうに顔を歪めて、また綺麗な涙を流した。
「姉さんも……わかりませんか? あずさです。涼さんが愛していたあずさです」
「わからない……怖いんだ……僕はどうしてしまったの? 何も思い出せないのはどうして? ねぇ、キミは僕のことを知っているの? 教えて? 教えてよ? ねぇ⁉」
涼さんが自らの点滴を引き抜いて、ベッドから起き上がって俺の両肩を揺さぶったけれど、痩せ細った身体はすぐに立ち眩みを起こしたのか、床に伏してしまって、医師が看護師に「フルマゼニルを」と鎮静剤だと思われるものを指示した。
俺の瞳から涙がこぼれた。
姉さんの身代わりだった俺のことは忘れても仕方がない、でも、姉さんのことまで忘れてしまったの?
俺は姉さんから涼さんを奪って、涼さんから姉さんも奪ってしまったの?
どう償ったらいい?
俺が犯した罪はどうすれば償える?
姉さん、涼さん──。
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