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それから俺は、涼さんのカウンセリングを行うことになった医師に、姉さんが死んだことから、全ての事情を説明した。
姉さんが死んで涼さんが壊れてしまったこと、監禁して俺を身代わりにしたこと、監禁を解かれても共に依存し合ったこと、親友に犯されたこと、それで涼さんの気が触れてしまったこと。
その上で、涼さんと対面するのは落ち付くまで控えた方がいいと言われて、自分の身体の回復に専念して。
俺は今日、退院することになって久方ぶりに涼さんの病室を訪ねた。
涼さんは記憶はさておき、体調がまだ回復しきらず、もう少し入院が必要とのことだった。
「涼さん」
静かにカーテンを開けると、涼さんはまた半身を起こして窓の外を見つめていたのだけれど、身体の方は大分回復しているようで、顔には生色が戻っていた。
「なつめくん……だっけ? また来てくれたの?」
そっと涼さんのベッドの傍にある丸椅子に座って、涼さんの手を握ってみる。
「涼さん、俺、今日退院しました」
涼さんが穏やかに微笑んで「よかったね」と優しい瞳を向けてくれて、記憶はないけれど落ち着きは取り戻している様子に安堵する。
「涼さん、先生に言われたんです。過去の記憶は取り戻せなくても、これから新しい記憶を作っていくことが出来るって。俺、涼さんが好きなんです。涼さんが失った記憶の中に俺は居ました。だから、俺と新しい記憶を作っていきませんか? 俺が、涼さんの傍にずっと居ますから」
涼さんが俺の手を握り返してくれて、それから憂わしげな瞳で俺の顔を覗き込んだ。
「なつめくんが一緒に居てくれるの? 僕のことが好きって本当? 僕もなつめくんが好きだったのかな?」
──涼さんが好きだったのは姉さんだ、俺じゃない。
記憶がない涼さんに『そうです』と偽って、涼さんが姉さんの記憶を失っていることを利用して、俺が好きだったんですと操作することも出来た。
出来たけれど──。
「……涼さんは俺の姉さんと結婚して、姉さんだけを見ていました。俺の片想いだったんです。でも、姉さんは事故で亡くなってしまいました。だから、俺が姉さんの代わりに涼さんの傍に居たいんです。……それは嫌ですか?」
涼さんが、慈しむように俺を見つめた。
「僕は一人で不安なんだ。なつめくんが傍にいてくれたら嬉しいな。僕も、なつめくんを思い出せるように頑張るから。一緒に居てくれる?」
「当たり前です。俺と一緒に新しい記憶、作っていきましょう? 俺はずっと涼さんの傍に居ます」
満面の笑みをたたえると、涼さんも穏やかに笑った。
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