いつか本当の俺を見てくれますように~たとえ身代わりだとしても、恋情に溺れて~

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 夏休みが終わって、俺はまた実習を挟みながら国家試験の勉強を続けた、(りょう)さんの家で。  (あらた)とは、お互いに別々の病院での実習で忙しく、あれ以来連絡を取っていない。  涼さんは、心的要因である姉さんと俺の記憶は戻らないけれど、通院の中で〝涼さん〟という自身の記憶はほぼ取り戻し仕事にも復帰している。  俺たちはまた前とは違った新しい関係性を築き、穏やかに寄り添い合うように過ごしていた。 「ねぇ、なつめくん」  一緒に夕飯を食べながら、涼さんが静かに俺の名前を呼んだ。 「何ですか? 涼さん」 「なつめくんはいつも僕に好きだって言ってくれるよね? それで、思ったんだ。僕はキミのお姉さんと結婚していたのかもしれないけれど、記憶を失う前の僕も、ひょっとしたらなつめくんのことが好きだったのかもしれないって」  ──え?  突然の言葉に動揺してしまうと、涼さんが慈愛に満ちた瞳で俺を見つめた。 「俺を好き……? ですか……?」 「こんな風に毎日なつめくんが僕と新しい記憶を作ってくれて、僕はいつの間にかキミを好きになってる。男同士で……更には奥さんの弟だったんだからこんなの間違っているのかもしれないけれど。でも、なつめくんを好きになってる。……嫌、かな?」  俺の瞳から一筋の涙が伝った。  記憶は戻らないけれど、でも新しい生き方の中で、新しい日々の中で、今度こそ涼さんが俺を見てくれた。  俺なんかを見てくれるはずがないと、姉さんだけのものだと諦めていた涼さんが俺のことを好きだと言ってくれた。 「嫌……なわけないです。俺は、涼さんが記憶を失う前からずっと涼さんのことが好きでした。本当に、本当に俺のことが好きですか……?」 「僕は、なつめくんにずっと傍に居て欲しいんだ。前の僕とは……もしかしたら違うかもしれないけれど、それでも僕を好きでいてくれる?」  涼さんは変わっていないよ。  姉さんを愛していた時と同じ眼差しで、今度は俺を見てくれて、俺が本当に望んでいた涼さんで、俺を好きだと言ってくれた。  静かに涙をこぼしながら肩を震わせていると、涼さんがダイニングチェアから立ち上がって俺を抱きしめた。 「好きだよ、なつめくん」  抱きしめられている腕を掴むと、涼さんはその腕に力を込めてくれた。
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