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看護大学も後期になって、明日から統合実習で夜勤実習が始まる。
情交の後、ベッドに包まりながら「涼さん」と声をかけると、片肘を付いて綺麗な輪郭を顎に乗せながら俺の髪を柔らかに梳いていた涼さんが「うん?」と優しく微笑んだ。
「俺、明日から夜勤実習が始まります。週に三回だけど……夜、一緒に眠れなくなるので寂しいです」
そこで涼さんが一瞬だけ目を瞠った。
「夜勤……?」
「はい、帰ってくるのは朝になります」
涼さんが何か不可解な瞳で見つめてくるので一体どうしたんだろうと思ったけれど、その表情は一時だったので俺も特に気には留めなかった。
「そっか……寂しくなっちゃうね。でも、なつめくんの将来のためだもんね」
言いながら優しく抱きしめられて、その温かな裸身の胸にこめかみをくっつけたら涼さんの胸の鼓動が聴こえた。
その心拍が、どこか強く脈打っているような気がしたのは気のせいだろうか。
でも、涼さんが俺を抱きしめる腕はいつもと変わらず優しく力強いものだったし、何も変わったところはない。
ただ──。
どこか朧気な声で、もう一度「夜勤……」と涼さんが呟いたことに、少しだけ不思議に思った。
俺と束の間擦れ違ってしまうのを寂しく思ってくれているのかな?なんて思ったら、たちまち幸福な気分に包まれて、涼さんの背中をきつく抱きしめた。
けれど、その肩が少し震えているのはどうしてだろう?とも思ったけれど、その時の俺は全く気付けていなかった。
このことが、涼さんにとって心の鍵を開けてしまうことになるだなんて思ってもいなかったんだ。
ずっと、記憶を失ったまま俺だけを見ていて欲しいと心から願っていたから、記憶なんか戻らなければいいと願う狡い自分がいたから。
だから──。
これで涼さんが再び苦しむことになるだなんて思ってもいなかったんだ。
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