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お昼から仮眠を取って、十六時に実習先の病院へと夜勤実習へ向かう。
この三週間の夜勤実習を終えたら実習はもう終わりで、後は卒業研究や後期授業をこなしつつ、国家試験にむけてひたすら勉強になる。
夜勤実習といっても国家資格を持たない俺に出来ることは限られていて、病棟への患者の挨拶周りや、申し送りの見学、夕食の配膳、下膳や与薬場面の見学が主だ。
それから就寝前の患者の様子の見学、患者の急変、緊急時の対応なんかについて担当看護師から指導を受ける。
三年生の時にも夜勤実習は行っているので、これといった不安も問題もなく着々と業務をこなしていった。
朝になって、実習終了の挨拶と申し送りを終えて更衣室に入って白衣を脱いで私服に着替える。
ふと、スマートフォンを確認してみると、涼さんから着信が入っていた。
ただの着信なら何の問題もない。
でも──。
その回数は五十六回という常軌を逸した回数で、俺はたちまち背筋に悪寒が走って、わなわなと肩が慄く。
震える指で、涼さんに折り返し電話をかけると、たった三コールで電話が繋がった。
「……もしもし? 涼さん、どうしましたか?」
訊かなくたって、もうわかっていることだけれど、でも、まだ信じられない、認めたくない、現実から逃げたい自分がいて。
『なつめ……』
なつめ〝くん〟がない呼ばれ方に、たちまち実態を突きつけられて、何も言葉を発せずにいると、涼さんが言葉を続けた。
『……全部……全部思い出したよ、なつめ。夜勤の帰りにあずさは事故に遭った……。なつめは、なつめはちゃんと帰ってくるよね⁉ 僕を一人にしないよね⁉ 怖いんだ……』
「涼さん! 落ち着いて下さい! すぐ帰りますから! だから、何も危ないことはしないでください! 俺がすぐ傍に行きますから! 俺は涼さんを一人になんてしません!」
──そうだ、姉さんは夜勤帰りに事故に遭って死んだ。
俺の夜勤というワードで、俺が朝まで帰らないことで、姉さんがあの日夜勤帰りに消えてしまったことを思い出したんだろう。
涼さんの心が解錠した。
仮初の幸せも、もう終わってしまうんだという虚しさに、思わず床に蹲って震える身体を己の腕で抱きしめた。
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