「あっ、そう」の奏ちゃん

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「あっ、そう」の奏ちゃん

 頂上(てっぺん)まで登らんと、見えんものがあっとよ。  海子は息を切らして立ち漕ぎしながら、祖母の教えを唱えた。  なぜこんな丘の上に高校を建てたんだと、一年生は必ず一度は口にする。特に自転車通学の生徒たちは、そう呟く。  二年生は黙々と漕ぎ、三年生にもなると友達とおしゃべりしながら笑って登る。  海子は先を見据えながら汗を拭った。聳え立つ入道雲の白が眩しい。並木を通り抜ける度にアブラゼミのジャワジャワ鳴く声が大きく響く。背中の黒いギターケースを下ろしたい。  夏休みも終盤に差し掛かり、残った宿題から現実逃避を続けるある日。祖母のインスタ投稿に個人メッセージが入った。 ーーこの人に79年制LesJohnStanderdを譲りたいと思います。その代わり...... 「嘘やったら、しばき倒す!」  蝉に負けないように吠える。日傘をさして坂を下っていた年配の女性が、「元気がいいねえ」と笑っていた。  79年制のLesJohnStanderd。幻と言われているエレキギターだ。世界で有名なメーカーから独立した技術者が予算も考えずに理想で作った、浪漫の塊。  何かの間違いだと思ったけれど、確かめない訳にはいかなかった。  指定された場所は、海子が通っている農業高校の裏手にある一本桜。樹齢千年と言われている大きな木。もうその頭が見えてきていた。  
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