「あっ、そう」の奏ちゃん

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 海子の祖母はカラオケ教室の先生で、5000戸足らずのこの町では結構有名だった。年に一度は町民ホールで、三か月に一度は公民館で発表会をして、その様子をSNSに公開していた。  広報係は海子の三つ下の弟の(ゆき)。 「海ちゃんも歌わんね」と祖母に誘われて、リサイクルショップでさらに値切って買ったエレキをかき鳴らして演歌を歌ったのは、先月の小さな発表会でのこと。  場所を特定されたのは、恐らく制服のせいだ。インスタでは町名を公開していない。  海子は私服でスカートを持っていないし、色褪せたデニム以外は作業着かジャージしか穿いていなかったから、発表会は制服で出なさいと祖母命令が下ったのだ。  そのスカートも重く、汗を吸って太腿にまとわりつく。ペダルを踏み締めて熱い息を吐き出しながら、ようやく坂を登りきる。 「だあっ!」  海子は気合と共に登り切った。やっと頂上だ。  坂を登った場所、高校の校門前からは町が一望できる。遠くの水平線から吹き上げる風は涼しく、海子の汗を冷やした。ここの蝉は気楽におしゃべりしている。 「確かに、上まで登れば爽快感はあるわ」  海子は町を見ながら小さく笑うと、自転車の頭を直角に振った。下りは車輪に任せて緩やかに走る。  知らない人からのメッセージ。やり取りは時間と場所の特定だけの、僅か2、3回の往復だけだった。幸は「殺されるけ、やめとき」と、海子が家を出るまでずっと青い顔でしがみついてきた。  LesJohnStanderdに目が眩んで、そう言う弟をアホ呼ばわりしたが、一抹の不安を感じ、海子は自転車を待ち合わせ場所から少し離れたところに停めた。
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