「あっ、そう」の奏ちゃん

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 校舎裏のフェンスの先は公園になっていた。例年春に花見に人が来る以外は、いつも閑散としている。今頃は草がぼうぼうと生えて膝丈に成長していた。  真ん中には桜の巨木。どのくらいのアブラゼミが留まってるんだと耳を塞ぎたくなるほどの大合唱だ。その桜を、2メートルほど開けて、PCギ木の鎖外柵で囲んである。  その公園には、橋の方に少し遊具があって、海子はその陰から顔を覗かせた。 「まだ来てないんかね」  借りてきた祖母のスマホを見る。インスタのメッセージには16時と書かれていた。海子が父親から半ば強引に譲り受けたG-ショックを見ると、約束より2分遅れていた。 「呼びつけといて遅刻とか。いい度胸しとるわ」  夏でなければ遊具で遊ぶところだが、灼熱の太陽で熱せられた鉄筋を触る気になれず、海子は滑り台の影に座った。 「あんたともお別れやね。あんたの音、結構好きやったけど。まあ、相手が悪かったわ」  海子はギターケースから愛機のテレキャスターを取り出して抱えた。 「お別れの曲でも歌うか」  解放弦を鳴らしてチューニングを確かめると、海子は即興の曲を歌った。  蝉に負けない大声。祖母から発声を学んだ海子の声は太くてよく通る力強い音。流れる汗をそのままに歌っていると、桜の方から草を掻き分ける足音が近づいてきた。
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