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そのままの君が好きだよ。
その甘い言葉を鵜呑みにして、環は特に背伸びも精進もしないそのままの自分で、約二年間に及ぶ彼との交際期間を過ごした。
そのまま自分とは、つまりこうだ。
二十五歳にしてフリーター歴三年の実家暮らし。生活費は親に口うるさく言われて仕方なしに渡すが、その額たったの一万五千円。それすら懇願して減額してもらう月もある。
休日は昼過ぎまで眠り、親が仕事で不在の場合は、食事もコンビニ弁当や菓子パンで済ます。
夢や目標や野望がある訳でもなく、有り余る時間は寝転がってテレビを観たり無料のアプリゲームや漫画を読んで潰す。暇にまかせて眺めるテレビで、輝くばかりに美しい女優を目にしては、いいなぁこんな綺麗だったら人生イージーモードだろうなぁと天上人でも見るようなうっすらとした気持ちで憧れ、その女優がCMで宣伝するシートマスクを何となく買ってみる。がしかし、週に十分のお手入れすらも面倒でサボり、気付けば中の美容液が蒸発して乾燥し果て使いものにならなくなり、勿体ないとぶつぶつ言いながら捨てるような有様だ。美意識も志も、何もかもが低空飛行。
小人閑居して不善をなす。なんて事もなく、ひたすら自堕落に、善も不善もなさずに暮らしていた。
そんな自分が彼に相応しくないのは、充分過ぎる程わかっている。
だがそれにしても、これはあんまりではないか。
『昨年ミラノコレクションにも出演した実力派モデル、emiさんの熱愛が発覚しました。お相手は注目の若手俳優、及川章二さんで…』
その日も環は、十年以上前に水族館のクジで当てた古びた巨大なイルカのぬいぐるみを枕に、自室の床でだらっと寝そべってワイドショーを眺めていた。
『…結婚を前提とした真剣交際を、双方認めています』
環は、昼食代わりに齧っていた煎餅をぽろりと落とした。
『…二人は昨年の夏頃、共通の友人を通して知り合い、及川さんの猛アプローチで交際を開始…』
待て。
待て待て待て。
去年の夏?
と言えば、ちょうど一年前。
環が現在の恋人と付き合い始めたのは、二年前の夏。
そして今、テレビの画面に非の打ち所のない美しい女性と並んで大写しになっている男は。
──及川章二。
二年前の夏から今日まで、現在進行形で交際している──環の恋人のはず、だった。
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