1・運命の輪 逆位置

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 明るい色のさらっとした髪に、くっきり大きな二重の目元。口元に爽やかな笑みを浮かべながら颯爽と歩く姿は好青年そのもので、幼気(いたいけ)な女子を(もてあそ)ぶ悪人にはとても見えない。  章二が手を振ると、撮影現場に群がる野次馬達が、わっと歓声をあげた。  変装のつもりで被ってきたキャップのつばを目深に下げ、ずれた伊達メガネを整えると、環はちっと舌打ちした。あんな性根の腐った男がこんなに人気者だなんて。世の中どうかしている。    撮影現場には関係者以外立ち入り禁止のベルトが張られていて、あまり近付けない。  離れた場所からじっと章二を睨んでいると、ふと、視線を感じた。  なんだろう。誰だろう。  視線を動かすと、章二の斜め後ろにいる背の高い男と目が合った。目付きが悪い。悪いというか、鋭い。その眼光に(ひる)んだ環は、慌ててさっと、他の観客の背後に隠れる。  不審者だって、バレたかな。  そろそろと顔を上げるが、もうその男はこちらを見てはいなかった。だが他のスタッフのように撮影を注視するでもなく、抜け目なく周囲に気を配っているのがわかる。    誰だろ、あの人。警備員かな。  眼光鋭く長身で、引き締まった体付き。警備員というよりは、鍛え抜かれた兵士のような威圧感を醸し出している。華奢で細身な章二の傍にいると、その迫力がより際立った。明らかに撮影スタッフとは毛色が違う。皆カジュアルな私服姿なのに、一人だけスーツを着ているし。  けどまぁ、そんな事はどうでもいいか。  環の標的は章二だけだ。気を取り直して、群がる野次馬に紛れつつ、環は監視を続けた。           ♢♢♢  二時間程で撮影が終わった。スタッフは機材の片付けを始め、章二は帰り支度をしている。  お疲れ様でーすと快活に挨拶して、章二はマネージャーらしき男性と並んで、公園の出口方面に向かって歩き出した。  きゃあきゃあと甲高い声をあげながら、熱心なファンらしき女の子達がその後を追って走る。だがスタッフの数人がそれを制止し、章二は手を振りながら悠々と立ち去ろうとする。  環は駐車場へ先回りすべく、駆け足でその場を離れた。他のファン達のように章二を追う必要はない。章二の車は把握している。乗り込む姿を何度も見送ったのだから。    見つけた。  章二の愛車。人目を(はばか)らなければ、と言いながら、環と待ち合わせる郊外の安いラブホテルでは俄然悪目立ちしていた赤のテスラ。おまけに左ハンドルで、駐車券の出し入れが非常に面倒臭そうだった。  章二はこの車をとても気に入っていて、仕事の時でもマネージャーの車に同乗せずに自分の車を使うのだ。    車三台分離れた場所に、大人の胸の高さくらいある生垣がある。駐車場に向かう人々からは見えないが、こちらからは章二の車が覗ける。  ちょうどいい。ここに隠れて待とう。    しゃがんで身を潜めた環は、鞄から小さな箱を取り出し、慎重に包みを開ける。  これが、対・章二の秘密兵器。  これを章二に投げ付ければ──。  キャップを被り直し、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。  程なくして城島の姿が視界の隅に映る。  スマホをいじりながら歩いているので、環に気付く様子は全くない。お気に入りのテスラの元に真っ直ぐ向かっている。  よし、今だ。今しかない。  環はさっと立ち上がって、秘密兵器を手に、大きく腕を振りかぶった。
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