3人が本棚に入れています
本棚に追加
「ダメなんだよね」
プロデューサーは、私が昨夜DLした曲を聴いて嘆息していった。
「この手法なら、技術的に何十年も前に可能だし、実は、つい最近もやろうとしたのがいるんだ」
数年前、終戦特集ということで、AIの特撮映像実験も兼ねた太平洋戦争の大作が制作されたが、このとき、映画会社は、日本映画音楽の巨匠・加藤守の各種サントラをAIに学習させて、この映画の音楽を付けようとした。
ところが、これを知った音楽家たちが大反対し、結果的に大御所作曲家が担当することになった。
「AIが昭和的楽曲を作ったら、自分たちが失業するとおそれたんだよ」
私にも覚えがある。
というよりも、この太平洋戦争の映画とやらも実はAIが脚本を制作したものだった。
前からAIが脚本を制作することがあり、遺憾ながらも、それらがあまりにも観客に受け、予想外のヒットになることが多かった。
最近多い弁護士や各種法律関係者を描いたリーガル系ドラマも膨大な法律や判例を巧みに解析したAIの脚本で、視聴者の人気を集めている。
そのことに私自身が脅威を感じているのだから、音楽家たちは尚更だろうと納得した。
だが、今回も依頼した「ALL!」のサントラはありきたりで、およそ時代劇には不似合いだった。
プロデューサーも同じだったらしく「いっそサントラ無しで行こうか」と言い出す始末だった。
だが、それでは私の「はんなり夫婦捕物帳」は面白くならない。
私は自宅に戻り、プリントアウトした原稿に手書きで「M-1」などと想定する音楽の指定を入れていった。
数日後、ファンシーヌの歌ったものを楽譜におこしたものを持参すると、
「これをボカロに歌わせるのか」
とプロデューサーはいぶかしんだ。
だが、彼自身、それしかないと思ったのだろう。
一週間ほどで外注したボカロが出来上がり、早速、収録済みの映像に付けると、思っていた昭和的ステレオタイプな情感や高揚感が一切消えていた。
「どういうことだ?」
とプロデューサーがいったとき、私には思いあたることがあった。
私は楽譜を持って、生バンド演奏する「サウンドセッション」を訪ねた。
このバンドは、かつて私が地下アイドルだったときバックで演奏してくれたもので、歴代メンバーとも昵懇だった。
「これをレコードに吹き込むの?」
バンドリーダーが首をかしげると、
「昭和の音楽を再現するには、それしかないの」
と私がいうと渋々納得してくれた。
「いいよ。でもスキャットは麻穂ちゃん頼むよ」
ほぼ十五年ぶりに私は拙い声をスタジオに響かせた。
できあがったレコードの音源に触れたプロデューサーは、すぐにダビング室に持ち込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!