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そして、年末の民放ホールディングス主催の「CTH歌謡祭」なるものが大々的に開催され、「ALL!」が大トリを務めて盛大に幕を閉じた。
全ての試みが失敗に終わったと思った正月、動画サービスにあるCMが大量に流れた。
なんと、山上サウンドのレコードがネット通販されるというのだ。
発送は、インターネット上のヘイブン地域といわれるアフロディーテ諸島からだそうで、これが知られると往年の昭和ファンから注文が殺到した。
「ALL!」を中心とする音楽著作権団体は、すぐに国際提訴してこれを差し止めたが、既に遅かった。
現物レコードが大量に試供品という形で、全国の高齢者施設に送付されていたのである。
それらを聴いた高齢者たちの評判は上々で、
「若い頃聴いたままの音楽が楽しめた」
という声が厚労省などに届いた。
高齢者の評判で若い福祉職員が、そのレコード音源をネットにUPすると、たちまち昭和回顧主義者のアルファ世代と呼ばれる若者が食いつき、まずはボカロで自作山上サウンドを試み、次いで、加藤守や森暁、貧畑功などの音楽に挑戦したりした。
これら日本でのAI懐古音楽ブームを見たフィンランドのエンジニアたちが、
「フレード・パイカ」という音楽AIのベータ版を公開した。
ソースコードも公開してくれるというサービスぶりで、「アレンジャー」を停止された日本音楽業界への救済とも受け取れる内容だった。
この公開以降、昭和サウンドの再構成はブームとなり、多くのAIミュージシャンが誕生し、「ALL!」らの反対派は沈黙させられた。
おかげで「はんなり夫婦捕物帳」も復活し、私は執筆に追われた。
そんな日々の中で、私は、一体、なぜ、失われたレコードの音源が、あの時、スタジオで聴いたままの音楽で、遠い海外でプレスされて、しかも市場にのったのか疑問だった。
あの音源を聴いたには、たしかにあのときスタジオにいた関係者のみのはずだったが、とまで思い起こしたとき、私は立ち上がって、レコードも再生できるコンポの前に行った。
そこでコンポのストレージをチェックしたが、そこにもあの音源は遺っていなかった。
あの日、たしかに誘惑にかられて一回だけ持ち帰ったレコードをここで再生した。
それを聴いていたのは・・・・。
私はファンシーヌの前に立ち、彼女の前で歌った。
「しゃあらあらあら、らー、しゃあらあらら、らー♪」
昭和の名作時代劇「大岡政談」シリーズ6部から採用された「明るく疾走して」という女性スキャットの曲だった。
それにこたえて、ファンシーヌが、
「シャアラアラア、ラー♪」
と歌い出した。
私は思わずファンシーヌを抱きしめた。
「あなたなのね・・・・」
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