星の砂

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 外に出てからも、キノは迷いなく進み続ける。 「エールテーレのいたところを知っているのか?」 「厳密にはわかりませんが…なんとなく。このあたりはルートですし、恐らく近くにいましたので、いやあ本当に、星の砂探しにはうってつけですので」  エールテーレのいたとされる土地付近の土壌でしか星の砂は見つからない。エールテーレが糞をする場所は一定ではあるのものの、エールテーレ以外の地中生物やスナクイリスといった生き物によって、地中に潜むエールテーレの糞改め星の砂の分布は少しずつ、広がっていく。 「スナクイリスは、エールテーレの糞を食べていたのか」 「いえ」  スナクイリスは、砂を食っている様子から名付けられた生き物ではあるが、実は砂自体は食べていない。  砂を頬張り、限界まで頬に溜め込んだ後、砂の中に潜む微生物を食べている。食べ終えてからのただの砂の集まりは吐き出される。 「なんか…星の砂って、思ってたのと違うな…」 「星の砂、と呼ぶのが申し訳なくなってきた」 「ええ。ですので地学者たちは鼻で笑っています。しかしキノは、生命の神秘として美しく思いますので。少し嬉しいです」  街からかなり離れたところまでやって来た。人気はなく、轍すらも見当たらない。  点々と、木が数本密集して生えている。柔らかな緑に、鋭さを見せる岩肌。  どこまでも広がる、雲と青い空。照りつける青い太陽は、直接は見れないものの、青さは感じない。白く光っている。  見つめているうちに青空は、ゼナイドの瞳を彷彿とさせる。  旅慣れしたふたりと違い、大して街の外を知らないエクトルは落ち着きを保つことが難しかった。自然を近く、強く感じる。空気から、音から。目や耳を刺激していくものからすべて、自分の知るものとは思えない、広い世界を味わっていた。 「そうか。昨日探していたところは、人に近過ぎたんだな」 「恐らくそうです。いくらよく見かけるスナクイリスとはいえ、野生動物ですので」  旅慣れしたふたりの会話を他所に、エクトルは近くにある木にゆっくり近づく。音を立てないように、枝の上にスナクイリスがいないか、上を見上げる。木の葉っぱの間から、光が差し込む。さらさらと葉が擦れる音。  小鳥が飛び立った。この木にはもう何もいないと思い、別の木へ向かう。  いくらか木を見て回って、また小鳥のいる木を見つけた。小鳥がすぐ逃げないことを確認すると、エクトルは魔法を使うことを決めた。  これまで魔法を使うことは滅多になかった。エクトルが使う魔法は氷だった。魔法について調べた時、どう調べても氷という系統の魔法は存在しなかった。  だから、エクトルはただでさえ魔法を使うことがない故郷で異質な目で見られていたのだと、自分で納得した。  リルレに来てからは、必ず人前で使わないようにしていた。時々食材を冷凍したり、すぐに冷やしたい時にひっそり使っていたが、それでも本当に必要な時だけだった。  ゼナイドにはうっかり気付かれてしまった気もするが、何なら忘れ去られている気がしている。あまり興味がなさそうだからだ。少しさみしい気はするが。  小鳥へ向かって、そおっと手を伸ばす。魔法はイメージで使っていた。エクトルには、それしかできなかった。  指先を、小鳥の姿にあわせる。それから、小鳥を氷で捉えるイメージを完成させた。そしてそのイメージは、きちんと現実に反映されていた。氷の輪っかにとらわれた小鳥はか弱い声を出しながら、エクトルの手の上に落ちた。  ゼナイドの耳は氷がパキッと立てる音を拾った。太陽があって、今の時期はそんなに寒くはない地域で氷とはなんなのだろう。状況を飲み込むことに時間がかかる。  恐らく音がしたであろう方向を見ると、エクトルが何かを手にしていて、少ししてからその手から小鳥が飛び立つ様子が見えた。
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