蛮族の少年

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蛮族の少年

 イベルニア人の少年兵アンガスが、イベルニア島にあるアカイア帝国の砦にて、守備隊隊長を務める女騎士エーレンディアの前に、縄をかけられた姿で引き立てられたのは、波高く風の強い初春のある日のことであった。 「少年兵よ、名はなんと?」 「…………」  エーレンディアの問いかけにも、少年兵はむっつり黙り込んだままだ。  エーレンディアは改めてその姿を確かめる。体は小さく華奢で、背丈はエーレンディアの肩ほどしかない。年端も行かぬ少年と見えた。一体生まれていくつになるのか、エーレンディアには分からない。  少年の髪は黄銅鉱のような黄色をしていて、肌は新雪のおもてのように白かった。その肌の上、上腕全体に、ぐるりと輪を描くように、幾何学模様の細い黒色の刺青がある。全体的に軽装で、上半身に皮の胸当てを付けている他は、肩も足も剥き出しの布の服一枚に、革紐のサンダルという服装だった。これらは全てイベルニア人の軽戦士の特徴であるが、エーレンディアはイベルニア人の子供を見たのは初めてだった。  一方のエーレンディアは女にしては背丈が高く、騎士としての鍛錬を怠らないために筋骨も逞しい。と言っても民族的にほっそりした体型が特徴のアカイア人の女としてそうという意味で、男たちや、蛮族の女戦士には劣るのだが。それでも光輝く鎧を纏って戦場を駆け抜け、疲れを知らず戦功を上げる女騎士として、エーレンディアの声望はアカイア帝国西方軍内に知れ渡っている。アカイア人らしく、肌はわずかに褐色がかって滑らかで、まっすぐな黒髪を細かく編み込み、頭に巻き付けている。 「喋れぬのか、喋らぬのか。まあ良い。確か、小舟に一人残された負傷者だった、という話だったな」  無言のままの少年兵を見やると、エーレンディアは傍らの兵士に向き直り、状況を確認する。  アカイア帝国が大陸の西方、島嶼部への版図の拡大を試みて、およそ三十年が経過しようとしていた。三十年というのはアカイア人とってはわずかな時間だが、原住民であるイベルニア人の寿命はアカイア人よりずっと短いはずだ。とにかく、この三十年の間、征服事業は原住民との小競り合い、時として本格的な戦闘の繰り返しだった。  この少年兵が捕らえられたのもそんな小競り合いの中でだった。イベルニア島東方の岬に立てられた守備隊の砦を、小舟十隻からなるイベルニア人の船団が襲ったのだ。イベルニア人はアカイア帝国に文明程度で遅れており、造船技術自体は及ぶべくもないが、彼らは闇に紛れて静かに操船する技に長けている。また、イベルニア島の荒れた、冷たい海に投げ出される危険を冒して小舟の櫂を取ることは、イベルニア人の戦士にとっての誉れであるようだ。  いずれにせよイベルニア人の襲撃は守備隊によって撃退され、戦士たちは敗走するか、戦死するかしたのだが、残った小舟にこの少年兵が取り残されていた、そういう話だった。
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